魔界姫志ーまかいきしー



「お主たち…先程から話を聞いておれば暗黒の森へ行くんじゃな?
じゃが、今宵は辞めておいた方がええぞ。朝は来んが…せめて行くなら明日の方がええじゃろ」

と、年老いたお爺さんが私達の前に立ちはだかり忠告してくる。

朝が来ないのに明日に行けって言うのもおかしな話だけど、何だろうこの感じ。

この人の言う通りにした方が良い。

私の頭が直感的にそう言ってる。

「…そうですね。
一先ず今夜は宿に泊めてもらいましょうか。行くなら体を休めた方が身のためになりますからね」

ルイさんの意見で今夜は出歩かずに大人しく宿に泊めて貰うことになった。

先程のお爺さんはここ、ユルシア村の村長さんらしく私達の宿も貸してくれた。

最近は使っていないから、と言う事でお言葉に甘えて借りる事にしたのだ。

ベッド何てないけど、まあ寝るだけなら問題なさそう。

村長さんは優しくて、快く晩御飯まで頂ける事になった。
お料理も美味しかったし腹ごしらえも完璧。

後は明日になったらここを出発して、いよいよ暗黒の森へ行かなきゃならない。

…怖い、けど皆が居る。

「ユイ姉様!!僕少し村長さんの所へ行ってきます」

ミルちゃんが私に耳打ちして宿を出る。

もう寝ないといけないのにミルちゃんったら…元気なんだから。




遠慮がちに扉の閉まる音が聞こえた途端に、

「あのミルってやつ怪しい」

そう、シキくんが訝しげに呟いたのを私は聞き逃さなかった。

「怪しいって…シキくん…」

「事実だろ。今日会った奴、しかもぶつかっただけで一緒に旅するとか暗黒の森へ行きたいとか、おかしいだろ」

そうかもしれないけど、だけど…。

「私の時だって、会ってすぐだから同じだと思うよ?」

「お前は目的があるだろ。
あいつの目的が何か聞いてねえし」

用心深いのは良い事だと思うけどあんな純粋な女の子を疑うなんて私には無理だよ…。

「まあ、様子見だな」

そう言ってユエさんとルイさんと三人で何かを話し合ってるシキくん。

「…ユイちゃん」

「ロイ…」

私の傍に来て、ちょこんと座るロイの頭に手を置く。

気持ち良さそうに瞳を閉じるロイを見てると私も無意識に微笑んでいた。

「シキは人を信じれないんだよ、そんな気がする」

私の手を掴んで眉を下げながら窓に目をやるロイに私は何も言い返せないでいた。




それでも私の心の中ではわずかにモヤモヤしたものが彷徨っていた。

シキくんに言われた、あの「怪しい」って言葉に少しだけ納得した自分が居る。

どうしてそう思った?
何を根拠に考えた?

関わった事なんて無いのに、私は彼女を無のままに疑った?

自分の考え、勘だけで一人の少女を信じなかった。

私が初めて襲われた時の弓を使う女の人の仲間だと考えれば私に近付いた理由にもなるけど…

そんなこと絶対ない。
ミルちゃんは悪い人には見えなかった。

シキくんだって最初は凄く怖いと思ってたけど優しい所もあったし…人を疑いたくない。

まして、私と友達のように接してくれるミルちゃんを疑うなんて…。

ーーパチン!!

「「「…!?」」」

私は自分の両頬を手で軽く叩く。
皆が驚いたように私を見たけど気にせずに一人で呟いた。

「馬鹿馬鹿しい。考えるのなんてやめよう」

「…ユ、ユイちゃん」

ロイも慌てたように何か言ってるけど気にしなかった。



シキくん達が好きにやってるなら私も好きにやれば良いじゃん。

迷惑かけなきゃ良いんだから。

やりたいように、やるだけ。

「ユイ姉様?」

突然、頭上からミルちゃんの声が聞こえて思わず私は見上げる。

…シキくん達はやっぱり睨むようにして見詰めてたけど。

「お帰りミルちゃん」

「ただいまです!!
村長さんとつい長話を…もう寝ます?」

ほら、やっぱりミルちゃんは悪くない。

「そうだね、寝よっか」

そう微笑みかけて私とミルちゃんは一つの布団へ入る。

それを見たシキくん達も各自布団へ入り電気を消す。

小さく「おやすみ」と言った私の声は暗い宿に消え入るようにして響いた。

明日からは死と隣り合わせの旅をする事になるかもしれない。




もしかしたら、私達の中で死人が出るかもしれない。

甘んじた気持ちだけで、進めるような…そんな旅なんかじゃない。

守ってもらうばかりじゃなく、私も皆を守れるようになりたい。

この旅で強くならなきゃいけない。

この世界で生きていくなら、強くなるしか…。

自分が何処から来たのか、何の為にココに居るのか、とか分かんないけど…

やるしかないんだ、私。

忘れた記憶を思い出す為にも。





そんな事を考えながらも

私は深い眠りに落ちていった。


その日、私は夢を見た。

とてもおかしな、予知夢のような夢を。







「ユイ姉様、起きて」

ん、ん…もうちょっと…。

「ユイ姉様!!」

「ん…」

ゆらゆらと身体を揺らされて私は重い瞼を持ち上げる。

寝起きで覚醒しない焦点。

ぼんやりと見ていると、ミルちゃんが私の顔を覗き込むようにして微笑んだ。

「おはよう御座いますユイ姉様!!」

朝からものすごく元気だ…。
私は朝に弱いし低血圧だから不機嫌な事が多い。

それはここに来てから何となく感じたこと。
…少しは思い出せてるのかも。

「おはよう、ミルちゃん」

…って言っても外はやっぱり薄暗くて。

「起きたか。行くぞ」

私より遥かに早く起きていたであろうシキくんが告げる。
皆はもう着替えて用意も出来てるみたいだ。





やっとの事で覚醒し始めた脳で私も手早く用意を済ませる。

外に出ると村長さんがいて、私達の長旅のためにパンを作ったらしい。

なんでも、ひと月は持つとか…。

食料が無くなった時にでも食べてくれ、と にこやかに差し出してくれた。

見ず知らずの私達をここまで助けてくれるなんて本当に村長さんは良い人すぎて涙が出そう…。

「「ありがとう!!」」

私とミルちゃんは村長さんにお礼を言って、後の皆も軽く頭を下げて感謝の気持ちを伝えていた。

これからが本番。
気を引き締めて進まないとね。





色んな人から見送られながらも私達はユルシア村を後にする。

そこからほとんど一直線へ進むだけの旅が始まった。

どれだけ歩いただろうかーー

「疲れたー…まだなんですか!?」

ミルちゃんが怠そうに手でパタパタと仰ぎながらもルイさんに尋ねた。

「君の目は節穴ですか?目の前に見えてますよ」

少し冷たく返すルイさんだったけどミルちゃんは気にする様子も無く、足早に元気いっぱい歩き出した。

「ここが暗黒の森の入口!!やっと着きましたねユイ姉様!!」

「う、うん…」

相変わらず私は苦笑いを浮かべて返すも、目の前に広がる不気味な森を見る。

…暗い。
とにかく暗い。

辺りをぐるっと見回しても私達が歩いてきた道、つまり後ろ以外は辺り一面森で埋め尽くされていた。





時折バサバサとカラスのような黒い物体が飛び交い、まるで私達を狙っているかのような

赤く鋭い瞳で睨み付ける。

こいつらにとっては、私なんてタダの獲物にしか過ぎない…。

いつ喰おうか、それを考えているんだろうな。

「良いですか?
これから暗黒の森を通りますが皆さん絶対に誰一人として離れないように。
団体行動、ですよ。

もし離れてしまっても無闇に動かないで大人しく待ってて下さい。」

そこまで言うとルイさんは私に小さな枝のようなモノを手渡した。

「枝…?」

「アホか。杖だ」

横からシキくんが教えてくれる。
杖って…私は別に魔法使いじゃないんだから。

「もし何かあったとき、その杖に向かって唱えて下さい。
何でも構いません、貴女の思うままに」

…何か適当じゃない!?