『そうか、此処にこんな隠し扉が』
『良くやったぞーー…』
『だが、しかし…どうやって先へ?』
『ーー、分かりそうか?』
『分からなければ仕方ないな…』
『開け方を探ろう』
「なに、これ…」
自分の髪に触れた瞬間めまいの様な感覚がして目の前が暗くなった。
そこからは私の脳に直接語りかけるような男の人の声。
その声は全員同じ、一人だけだった。
映像や姿、形も色もない。
ただ声が聞こえるだけ。
隠し扉…?
それに、あの人は誰かと一緒にいた。
名前を呼んでた気がするのに…そこだけは聞き取れなかった。
夢、なわけないし…
今のは一体…?
不思議で仕方なくて私はもう一度髪を結ぶ為に白髪に触れる。
「……」
…何も起こらない。
さっきのは疲れから変な妄想でも…?
そんなことを思いながらも私の手は髪を結び続ける。
頭の上で一つに束ねられた髪は私が動く度に左右に揺れる。
「これなら邪魔にならないかな」
のそのそと立ち上がってドアに手を掛けて扉を開けるとー…
「わっ…!!」
「…っ!?」
目の前には見覚えのある顔。
「シ、シキくん!?」
お互いびっくりして思わず悲鳴をあげた私と驚いた顔のシキくん。
「…遅いから迎えに行けってユエが」
え、私そんなに遅かったのかな。
「ご、ごめん今行こうと」
「分かってる。いくぞ鈍間」
もう!!
シキくんはいっつも一言余計なんだから…全く。
…さっきの事をシキくんに相談してみる?
いや、でも…馬鹿にされたりしたら嫌だし今はまだ誰にも言わないでおこう。
私の気のせいかもしれないし。
「…おい」
「うん?」
シキくんが突然立ち止まって私に問い掛ける。
少し言いにくそうにチラリと私を見ては前を向いて無言になる…それを何度か繰り返してから小さく呟いた。
聞こえるか聞こえないか分からないほど小さかったけれど、私にはちゃんと聞こえた。
…嬉しいな、何だかシキくんに認めてもらえたような気がする。
根拠とか無いけど、シキくんから話し掛けて来てくれた…
それだけでも大きな前進だよね。
…まあ、恥ずかしいのは私なんだけど…ね。
「…その髪型も悪くない」
だって。
ふふ、頬の緩みが収まらないかも。
「いつまでも変な顔するな、置いてくぞ亀女」
「ちょ…待ってよ…!!」
私はシキくんの隣を再び歩く。
置いてくぞ、なんて言いながら本当はそんな気が無いのも知ってる。
シキくんは口が悪いけどとても優しい。
ぶっきらぼうだし不器用だけど彼なりの優しさなんだろうなあ…。
「旅に出たら此処には戻ってこないから必要最低限な物だけを常に持ち歩いておけよ」
荷物になるもんね、少なくまとめないと…出来るか不安だけど。
「…分かった」
扉を開けるとルイさんは既に座っていてユエさんは器用に料理を作っていた。
すごい良い匂い…食が進みそう。
「おはようユイちゃん。よく眠れたかい?」
まるでお父さんみたいなユエさんに思わず私は「はい!!とても」と呟いていた。
「それなら良かったよ。
もう少しで出来るから座って待っていてもらえるかな?」
何が出てくるんだろう…。
私はワクワクしながらもルイさんの隣の席へと腰を下ろす。
シキくんは私の正面へ腰を下ろした。
ルイさんは優雅に紅茶を啜ってシキくんは眠そうな顔で珈琲を啜っている。
似合いすぎてびっくり…。
私は無難に水を飲んでるわけなんだけど…地位の違いと言うか、居る世界を間違えたような感覚。
「はい、お待たせ」
その掛け声と共に私の前へ料理が並べられた。
「わあ…!!美味しそう!!」
出されたのはサンドイッチとポテトサラダ。
ポテトサラダは皆で取り分けれるように大きなお皿に、サンドイッチは各それぞれに2.3切れを置いて色味を合わせるためかトマトも添えられていた。
「さあ、食べようか」
「「「いただきます」」」
私はサンドイッチを一口頬張る。
「…!!」
美味しい…レタスのシャキシャキした食感に、ほんのり甘い卵の味。
優しさと愛情もこもってるような、本当に美味しい味だった。
不意に懐かしく思ったのは何故だろう?
「すごく美味しい…」
「それなら良かった、作った甲斐があるよ」
色んな話をしながら私達は朝食を食べた。
これからどうするか、何を目指すか、どこを通るか…それはもう私には未知の話で途中からは着いていけない始末。
何も、この世界の事すら知らない私が口出しても意味ないし三人に委ねよう。
私はそれについていく、そこだけは変わらないし。
朝食を食べた後は皆で片付けをしてから旅の準備。
準備と言ってもただ持ち物を確認したり地図を見て最終確認、程度のものだった。
ここから一番近い【暗黒の森】を通る事になったらしいが…見るからに暗い森なんだろうなあ。
……ん?
暗いと言えば、さっきから気になっていた事が一つある。
「あの…
まだ外くらいですよ?出発は朝からでも遅くないような…」
そうだ、起きた時からこの部屋に来るまでも、朝食を食べている時も ずっと気になってた。
外がまだ暗い。
夜とまだはいかないけど、それでも薄暗いし。
私も流石に朝まで寝てた、なんて事は無かっただろうし…何をそんなに急いで出ていく必要があるんだろう?
私がその質問をぶつけるとバツが悪そうに皆、眉を顰めた。
…変な質問でもしたのかな私。
「ここは朝が来ないんですよ」
ルイさんが口を開く。
「えっ…?」
朝が来ない?
何それ、それじゃあこの世界はずっと夜のままなの…?
どうして…なんて考えても分かるわけがない。
「ずっと夜です。
星も月も太陽も出ないし登りません…見たのは三年も前の話です」
三年前まではちゃんと朝も昼もあったんだ…それが突然と無くなってしまった。
その理由を探すために旅をしてるのかな、この三人は。
そのついでに私の記憶の事も探してくれるんだ…何だか申し訳ない。
「そう、なんですか…」
「ユイさんが気にする必要ありませんよ。さあ行きましょうか暗黒の森へ」
怖いけど、皆が居るから大丈夫。
私なら大丈夫な気がする。
頑張って行ける、きっと。