魔界姫志ーまかいきしー


「…きて、ユイさん」

う、ん…誰だろう…?

「起きて下さいユイさん」

もうちょっと…

「ユイさん」

「…ん、ぅ…?」

重い瞼を上げると目の前には整った顔立ちの少年がいた。

「る、るる…ルイさん!?」

その見知った少年の顔が間近に迫って来ているのを確認して私は思わず飛び起きる。

心臓が…朝からうるさい…。

「おはよう御座いますユイさん」

そう言って笑うルイさんはやっぱり綺麗で。
いや、男の人に綺麗って言葉を使うのはどうかと思うけど、でも…綺麗なんだもん…。

「お、おはよう御座います…」

…あれ?
私いつから寝てたの?

えっと確か昨日は…





覚えてない!?
嘘、知らない間に寝ちゃってたんだ…。

「その様子じゃ覚えてなさそうですね。
昨夜、話をしてからすぐ眠ったらしくて…運んだのはユエですけどね?」

平然と告げるルイさんに私は硬直するしかない。

え、運んだって何?
ここまで運んでくれたのがユエさんって事だよね?

…痩せておけば良かった…絶対重かった…。

でも、そんなこと言ったところでユエさんなら「そんな事無かったですよ」なんて
笑いながら言うんだろうな。

これがシキくんだったら「もっと痩せろ」とか言われちゃうんだろうけど…。

その点ではユエさんで良かったかも知れない。

「…一人で百面相してますよ、ユイさん」

「あっ…すみません…」

「いえ。さて、行きましょうか」



ルイさんって優しいけどたまに冷たい時あるよね。
笑ってるけど無理してると言うか目が笑ってないと言うか。

シキくんもルイさんも昔に何かあったのかな。
もしかしたらユエさんだって何かあったのかもしれない。

でも今は聞かないでおこう。
もっと仲間って言える位仲良くなれた時に…。

「行くって何処に…?」

「旅に、ですよ」

「旅……あっ!!」

そうだった、忘れてた…。


そうだった…早く用意しなきゃ!!

「用意が出来たら朝食にしましょうか」

そう言ってルイさんは部屋を出て行く。
変に緊張するなあ…。

小さな欠伸を一つこぼして私は服を着替え、旅の支度を始めた。

のは良いんだけど、この髪の毛どうにかならないの?
長いし量も多いしはっきり言って邪魔でしかない…。

結んでいいかな?
まあ、ダメだって言われたら外せば良いんだけどさ。

それにしてもロイが言ってたことは本当なのかな。

私が白髪の両眼が違う色だと狙われるとか…さ。
私はただ帰りたいだけなのに…。




…帰りたいだけ?
どこに?何をしに帰るの?
あれ、おかしいな。




そんなことを思いつつ大きな鏡がある方へ腰を下ろして髪を結ぶ為に自分の長い白髪に触れる。

その瞬間ーー



「…っ!?」



『そうか、此処にこんな隠し扉が』


『良くやったぞーー…』


『だが、しかし…どうやって先へ?』


『ーー、分かりそうか?』


『分からなければ仕方ないな…』


『開け方を探ろう』






「なに、これ…」

自分の髪に触れた瞬間めまいの様な感覚がして目の前が暗くなった。

そこからは私の脳に直接語りかけるような男の人の声。

その声は全員同じ、一人だけだった。

映像や姿、形も色もない。
ただ声が聞こえるだけ。

隠し扉…?

それに、あの人は誰かと一緒にいた。
名前を呼んでた気がするのに…そこだけは聞き取れなかった。

夢、なわけないし…

今のは一体…?







不思議で仕方なくて私はもう一度髪を結ぶ為に白髪に触れる。

「……」

…何も起こらない。
さっきのは疲れから変な妄想でも…?





そんなことを思いながらも私の手は髪を結び続ける。

頭の上で一つに束ねられた髪は私が動く度に左右に揺れる。

「これなら邪魔にならないかな」

のそのそと立ち上がってドアに手を掛けて扉を開けるとー…

「わっ…!!」

「…っ!?」

目の前には見覚えのある顔。

「シ、シキくん!?」

お互いびっくりして思わず悲鳴をあげた私と驚いた顔のシキくん。

「…遅いから迎えに行けってユエが」

え、私そんなに遅かったのかな。

「ご、ごめん今行こうと」

「分かってる。いくぞ鈍間」

もう!!
シキくんはいっつも一言余計なんだから…全く。


…さっきの事をシキくんに相談してみる?
いや、でも…馬鹿にされたりしたら嫌だし今はまだ誰にも言わないでおこう。

私の気のせいかもしれないし。



「…おい」

「うん?」

シキくんが突然立ち止まって私に問い掛ける。

少し言いにくそうにチラリと私を見ては前を向いて無言になる…それを何度か繰り返してから小さく呟いた。

聞こえるか聞こえないか分からないほど小さかったけれど、私にはちゃんと聞こえた。

…嬉しいな、何だかシキくんに認めてもらえたような気がする。

根拠とか無いけど、シキくんから話し掛けて来てくれた…

それだけでも大きな前進だよね。

…まあ、恥ずかしいのは私なんだけど…ね。

「…その髪型も悪くない」

だって。
ふふ、頬の緩みが収まらないかも。




「いつまでも変な顔するな、置いてくぞ亀女」

「ちょ…待ってよ…!!」

私はシキくんの隣を再び歩く。

置いてくぞ、なんて言いながら本当はそんな気が無いのも知ってる。

シキくんは口が悪いけどとても優しい。
ぶっきらぼうだし不器用だけど彼なりの優しさなんだろうなあ…。

「旅に出たら此処には戻ってこないから必要最低限な物だけを常に持ち歩いておけよ」

荷物になるもんね、少なくまとめないと…出来るか不安だけど。

「…分かった」

扉を開けるとルイさんは既に座っていてユエさんは器用に料理を作っていた。

すごい良い匂い…食が進みそう。