「 小賢しい娘だ。
今すぐ私が貴様を葬ってやろう。
既に勝ち目などない、抗うでない。
大人しくその運命を受けいれろ 」
「 うるっさい!!
そんなの、やってみなきゃ分かんないでしょ 」
距離を詰めて杖の先から虹色の光の玉を何発も繰り出しては相手の鋭く尖った爪を生やした腕を振りかざされるも、ぎこちなく避けていく。
互いの攻撃はなかなか当たらない。
相手の方が図体こそ大きいものの、俊敏な動きに目もくれる。
——大きさと速さがあってないんじゃないの、!
けれど、私が後ろに下がれば彼らが犠牲になってしまうかもしれないと
そう思えば後ろに引くなんてことは出来ずに
結局は悪魔に近付くかその周りを羽虫のように動き回ることで精一杯。
チラリと横目でシキ達を見れば、先程の戦いで崩れた壁や天井の瓦礫に身を潜め少しずつ治癒を施しているのが見えた。
恐らく、ユエだと思う。
私の治癒が少しだけ効いてるのかも。
でも、今の彼らは動くことも辛いはず。
私が少しでも時間稼ぎしなくちゃ。
「 よそ見とは随分余裕だな? 」
「 ——あっ!! 」
振りかざす腕を避けた直後、シキ達を見てしまい次の防御が遅れた。
蛇のように揺れる尻尾に巻き付かれそのままシキ達が身を潜める瓦礫を通り越し、その奥の壁へと放り投げられる。
「 かっ、ハ…… 」
薄い防御を張ったもののその衝撃に耐え切れずに呆気なく割れて私は前のめりに地面へ倒れ伏せた。
—— 生身だったらもう死んでたかもしれない。
「 ユイさ…っ、! 」
辛うじて瓦礫に背を預けながら治癒を施すユエの前に横たわるのは顔を苦痛に歪めたルイだった。
私が吹っ飛んできてビックリしてるのだろう、まだ治っていない身体を動かし起き上がろうとするのをユエが制した。
両の手をルイ、シキの腹部に当てて傷を癒しているけれど、自分の傷はまだ完治していないらしい。
「 っはは、…私も情けない…かな…? 」
体全部が痛いと悲鳴を上げているのは分かっている。
ミシミシと聞こえる自分を持ち上げようとするも、その力は出ないままうつ伏せで倒れる。
もう誰も立ち上がれない。
傷が治るより先に、奴に負けてしまうのが目に見える。
「 二人の治療が終わったら…次はユイちゃんを助けるから…もう少し待っててくれるかい…? 」
「 —— もう、いいんだよ…勝てっこないよ… 」
皆こんなにボロボロなんだ。
そうだよ。
端から勝てる見込みなんてなかったんだ。
なあんだ、簡単なことじゃない。
シキが倒れた時点で悟るべきだった。
そっと目を閉じて最期が訪れるのを待つ。
諦めた心に灯る火はもう何も無い。
私の言葉に二人は何も言わずに悔しげに唇を噛み締めているのが目を閉じる前に見えたけど、私にはもう戦う力も、立ち向かう気力も何も残ってない。
おやすみ。
私はよく頑張ったよ。
だから、もう…ここで————
『 諦メナイデ 』
また、この声だ。
意識を手放そうとすれば聞こえてくる私に似た、私自身の声。
目を閉じたそこには暗闇が訪れているはずなのに淡い光に包まれて、心地いい感覚。
けれど、聞こえてくる声は私が休むことを許してはくれなかった。
一体なんだって言うのよ…私は負けたの。
あの大きな悪魔に負けて白旗を掲げようとしているの。
『 マダ負ケテナイ…私ノ力ヲ貴方ニ託スワ。
想ッテ。願ッテ。祈ッテ。
タダ、ソレダケデイイノ——』
どういう、こと…?
『 貴方ノ想イハ——?
貴方ノ願イハ——?
貴方ノ祈リハ——? 』
私の想いは
今…自分に力があれば皆を護れるのに。
私の願いは
この世界に陽を取り戻すこと。
私の祈りは
これからも皆が幸せで楽しく生きてくれるように。
『 ソレヲ強ク心ニ思イ浮カベテ声ニ出シテ 』
「 ——どうか、私に力を。
少しでいい、諦めない…立ち向かう勇気を。
ちっぽけでも馬鹿にされようと笑われても構わないから
今、せめて…ここにいる仲間を護る勇気と力を! 」
言われるがまま心に思ったことをそのまま口に出して叫んだ。
その声に呼応するように私の身体は、ふわりと宙に浮いて眩しい光に包み込まれた。
その光の中はやっぱり心地よくて、身体も心も綺麗に浄化されている気分。
その内側から三つの光が分散してユエとルイ、それにシキに向かっていく。
その光に包まれているだけで先程の傷がいとも簡単に治っていくのも身に染みて感じる。
それに、背中がなんだか重くて擽ったいような、変な気分。
——皆を護りたい。
この世界を救いたい。
そのために
あの悪魔に勝ってみせる。
「 くっ…なんだ、この光は… 」
悪魔の声が聞こえて目を開くと地に足がついて、私の前にはさっきまで倒れていた三人が今度は私を護るように立ち塞がっている。
真ん中に立つシキの左手には紅く燃える剣が。
左側に立つユエの身体の周りには碧が輝き
右側に立つルイの右手には蒼が靡く短剣が。
その短剣には見覚えがある。
ルイのお父さんがくれたものだと。
あの時…亡くなった後で側近の方が時が来たら息子に託すようにと預かっていたらしい。
「 ——お前のおかげだ、ユイ
さんきゅーな。 」
シキが珍しく素直で、瞬きを繰り返す。
「 アレが——カナちゃんだったもの、か。」
「 奴が悪魔なら…ユイさんは天使、ですね 」
クスリ、と笑みを浮かべたルイの言葉に首を傾げるもその言葉の意味に気づいた頃には私は大きな声をあげていた。
「 な、なんなのよコレ!?!? 」
温かい光に包まれて背中に違和感は確かにあったけど、こんなの聞いてない…。
緩くカールのかかった白髪は埃風にさえなびいて
私の両腕から覗くのは天使の羽根だった。
ふわふわの羽毛みたいなそれを背中に纏って、角や尻尾なんて生えてないっぽいけど羽根って……。
「 ぐぬぬ…お前もついに覚醒してしまったのか。
しかも、黒ではなく白い方とはな… 」
黒い方、だったら私もあんな風になっていたのだろうか?
「 今度は俺達が —— お前を倒してやる 」
それぞれの瞳は紅、蒼、碧…と、妖精たちが託した力を全力で使っているのか綺麗に輝きを放つ。
もう、負けない。
私が貴方達を勝利に導く天使になってあげる。
心を蝕む黒ではなく、心に安らぎを与える白に。
「 —— 私達は、もう!負けない!! 」