魔界姫志ーまかいきしー



「ほう…秀才メガネ…名をルイだったか。
その通りだ、奴を出すとき。それはお前たち騎士が敗北し尚且つ、ユイが絶望し己を制御できなくなったときだ。」

いやよ、いや。

勝手に私の存在を決めないで。
勝手に私の絶望を決めないで。
勝手に私の身体で語らないで。


「……シキ、お前の気持ちはユイを通じておおよそは把握もしている。だが——」

返して、返してよ!!

暗闇の中、手足をもがいて伸ばした腕の先に見えたのは私の遠いの記憶そのものだった。

懐かしいような、もう随分前の記憶になってしまった中学の頃の記憶だ。

—— ああ、あの頃の私は、恋に関して臆病でそれでいてとても純粋に大切なあなたを想っていた。



「ちょっと瞬希くん…また授業サボってるの?」

いつもいつも昼の授業をサボっているのは一つ学年が上の彼、皇瞬希くん。
もう少ししたらきっと、いつもの彼も一緒に来るはずだ。

「そう言うお前もまた遅刻かよ。
早く寝ないから朝に起きれないんだろ」

う…一言も遅刻の理由を話した事ないのに、ことごとく当てて来る瞬希くんはやっぱり凄いと思う。
エスパーみたいで隠し事ができなさそうだけどね…。

「うるさい!!
私だって忙しいの。貴方みたいに暇人じゃないんだからね!」

「また喧嘩ですか、二人とも…」

「こいつが」「瞬希くんが」
「「喧嘩売って来るから」」

呆れたような声で私たちの仲を割って入って来るのは榊琉衣くんだ。
こうして私たちが言い争っていると毎回止めてくれたりもする。

「はいはい、声がハモる程、喧嘩する程仲が良いのは分かりましたから。」

そうして私と彼の声が重なるのも少なくない。





「 全っ然!全く!仲良くなんてないんだから! 」

「 これが仲良く見えるならお前の目は節穴だな 」

またしても私達の声が重なると琉衣くんは小さな声で吹き出した。
これもまた、いつもの出来事なのだから仕方がないけど相変わらず琉衣くんの笑うツボは分からない…。

私は何一つとして面白くないのに!

「 こらこら、お前達三人はまぁたサボり組か? 」

「 あ。優恵センセーじゃん 」

「 倭先生と呼びなさい皇くん 」

裏庭の陰でひっそりといつもお昼を過ごす私達なんてあっという間に見つけてしまうのは担任であり生活指導の先生でもある倭優恵 先生だ。

いつも優しくて何だか近所に住むお父さんみたいな父性が溢れ出てるし女子の中では案外人気者。

……年齢不詳なのがすごく怪しいけど。

「 柊さんは遅刻、皇くんはサボり、榊くんもサボりと言ったところかな? 」

この人もまた…何も言わなくても全てお見通しのエスパーだ。



「 そう言えばさ、昨日テレビで見たんだけどパラレルワールドって信じるか? 」

「 パラレルワールド…?それって並行世界みたいな、幾つもの世界がある…みたいなやつだよね? 」

「まあ簡潔に言えばそうなんだが。
この世界とは別の同じ時間(とき)を進んでもう一人の俺たちが居る世界。
今の世界の俺達はこうして話してる訳だが違う世界の俺達は出会ってないかもしれない

そんな世界があるって信じるか? 」

唐突にそんなことを言う瞬希くんが珍しくて、みんなで目を幾度となく瞬かせる。

いや、おかしいとか面白いとかじゃなくてただ純粋にそんな世界のことを語り出す彼に不思議と考え込まされている事も、分からない。

「 —— あったら良いなあと思うよ私は 」

「 そうですね、きっとそういう世界もあるでしょう。私達が知らないだけで。 」

「 ロマンのある話だねえ… 」

それぞれに思う事を口にすれば彼は納得したようにフッと小さな笑みを浮かばせて「 そうか 」とだけ呟いた。

その真意が何なのかさっぱり分からないけど
どうやらこの答えは間違ってないらしい。



「 じゃあこの世界でこうして瞬希くんや琉衣くん、優恵先生とお話ができてるって凄い奇跡なんだね。

同じ時間を歩む事なんて二度とない本当に素晴らしい事なんだ… 」

「 たまにはいい事言うな、カメ女のくせに 」

「 あ!また私のことカメって言った!?
そんなに鈍間じゃないんだけど!! 」

せっかくいい事言ったのに瞬希くんの最後の一言で一気に興冷めしちゃったじゃん…もう。

でも、他の世界…別の私達はどんな風に生きてどんな事をしてるんだろう?

やっぱりこの人達と出会ってない、のかなあ。

————それでも、私はきっと。



————————————

「 あなた達と出逢うよ 」

「 … 何だ急に。戻ったのか? 」

「 …えっ? あ、… 」

懐かしい夢のような過去の私を見ていた気がしたけど、目を開けばそこには心配そうに見つめるルイとユエ、それに訝しげに見つめるシキの姿があった。

ううん違う。
あれは夢じゃなくて私の過去だ。
中学生の頃の…昔の記憶。

同じ名前、同じ口調…瞬希くんとシキ、琉衣くんとルイ、優恵先生とユエ。

これはきっと瞬希くんが言っていたパラレルワールド…違う世界の彼らだ。

私は“ユイ”じゃない、元の世界の“結”だ。
この世界の私は元の世界の私と入れ替わってる…?

出会ってないかもしれなかった彼らと、姿も形も違えど同じようにこうして出会えたこと。

——あの時の言葉を借りるなら、これも奇跡なんだ。
柊 結 としてユイの意思ではなく私の、別の世界の私の意思として…私は、カナさん達に勝ちたい。

それが例えこちら側の私の親友のカナちゃんと似た人だとしても。

私は終止符を打たなければいけない。

私の中にいる違う私はきっとこの世界のユイが持っている能力。



…誰にも負けない、もう。
誰も傷つけさせたりしない。

みんなが私を守ってくれたように
今度は私がみんなを護る番だから。

この生を燃やし尽くしてでも
私は彼らを、みんなを護りたい。

この世界のシキに恋をした私は、きっと元の世界の瞬希くんにも恋をしていた。

叶わなかった恋、伝えられなかった気持ち。
高校生になってもう出会わなくなってしまった三人にもう一度会いたい。

これが全て終わって帰れたなら、探そう。
会って瞬希くんに「 違う世界もあったよ 」って馬鹿みたいに伝えよう。

あの頃の私はわざと遅刻して瞬希くんの元へ行ってたんだ。
それをこんな時に今更思い出すなんて、本当に馬鹿ね…もう。

————シキに恋をするのはここまでだ。
ユイ…ううん、私は私のまま私の意思で黒石を倒す。

「 心配かけてごめん、もう大丈夫。
—— さあ、行きましょう。 」

何もかも吹っ切れて気分がいい。
全て思い出して怖かったどころか嬉しい。

私にもあんな過去の生活があったんだと。



「 ——っ、ユイ! 」

気持ちを新たに切り替えて歩みを進めた瞬間に聞こえるのは焦りが混じったようなシキの声だった。

いつもは「お前」とか「カメ女」とか私のことをあまり名前で呼ばないのに今になってこうして呼んでくるんだ。

それが結じゃなくて、ユイだとしても私は何だか少し嬉しいなんて思ってる。

「 な、なに…? 名前で呼ぶなんて珍しい… 」

「 あ、いや…何でもねえけど、お前の様子が変だったから。 」

「 やぁ〜ね、シキったら。確かに少し自分でもこの期に及んで怖いどころか早く彼女たちとの最終決戦をしなくちゃ、なんて柄にもなく思ってるけど——だけど、それ以外はいつもの私だから 」

色んなことが分かった今、いつもの自分なんて分からないけど少なくとも弱いままの私じゃないのは確かで、それと同時に私の生も少しずつすり減ってるんだって。

—— ポケットの中に忍ばせた杖を握る指先の感覚が薄れている。

それがもう確固たる証拠。

心に直接聞こえてくるはずの例の声も、もう聞こえない。
ただ温かな光が私の指先を照らしてるような感覚があるだけ。

元より私は普通の人間だし…こっちの世界に来て少し魔法が使えるようになってしまっただけで

それ以外はなんの取り柄もない人間だった。

そんな私にこの世界で生き抜けと言う方がおかしいに決まってる。

… いや、まあ皆に護られてきたからまだ私は生きてるんだけどね。



「 …ここだ、着いたぞ。」

あの後シキを納得させてから皆で暗い道や森を抜けてようやくたどり着いたのは大きな屋敷にも見える建物の前。

シキの声で高くそびえるソレを見あげれば自然と私の口からは「 大きい… 」とポツリ声が出た。

暗いせいでちゃんとした構造は見えないけど高さから見て三階…ほどありそう。

不気味な赤黒いオーラを放ちつつコウモリみたいな鳥まで飛んでる始末。

リアルすぎるお化け屋敷そのもの…お化けが出ないとわかってるから怖くないけど、お化け以上に強くて恐ろしい奴らが待ってる。

————ギギギギッ

程なくして重い鉄扉が音を立てながら開く。

「 どうやら歓迎されてるみたいですよ 」

ルイの言葉を合図に私達は頷いて一歩、また一歩と屋敷内へと歩んで行った。

全員が入り終わってからその扉は静かに閉まりガチャリと無機質な音と共に施錠された。