木々に乗り移りながら逃げる道中で私の胸は凄く不愉快だった。
この不快感は、なに?
「ルイさん…あの…」
「分かっています。大丈夫、貴女を守ってみせますから」
意味が、わからない。
私はなぜ守られないといけないの?
もしこの不快感が私に向けられた物なら…私がなんとかしなくちゃ…!!
深く、暗い森を抜けると同時に弓矢を持った一人の女性が立っていた。
この人…もしかしてさっき私たちを狙った…?
でも、この距離から狙えるなんて相当な凄腕に違いない…。
「そちらの女を渡してもらおう」
冷たく言い放つ。
ルイさんは私を降ろすと「下がってください」と言い、シキくんを呼んだ。
私の腕の中にロイを放り投げる様に渡してルイさんの隣に立つ。
…でも、投げ方は優しかった。
「アイツ…もう少し手柔らかに扱ってくれないかな?すごく不愉快なんだけど!!」
「まあまあ…」
苦笑いを浮かべながら私はロイをギュッと抱きしめて二人の後ろ姿を見た。
「ふんっ…」
弓矢を持った彼女が鼻で笑ったのとほぼ同時ほどに私の身体は大きく傾いた。
まるで見えない何かに押されるように。
咄嗟にロイを地面に投げて私は精一杯、手を伸ばした。
二人に助けて欲しくて。
「っくそ、おい…!!」
シキくんは驚いたように私へと手を伸ばしてくれた。
でも、その手は私の手と交わる事無く宙を舞う。
見えない何かに押される私は崖から身体を投げ出された。
ああ…そうか。
この森を抜けた先は崖だったんだ。
行き場を無くした私の手も宙を舞ったままで。
こんな所で死ぬのか…なんて思いながら私は瞳をギュッと閉じた。
逆さまに落ちる中でシキくんの声が近くで聞こえたのは…夢なのかもしれない。
私の意識はそこから無くなった。
「君はココには必要ない。
さあ、コチラへおいで?」
誰、この人は誰なの?
ここは、どこなの?
私は、一体何なの?
これは夢?現実?
分かんないよ…。
ココには必要ないって、どういう…?
「そのままの意味だよ、ほらユイ」
そう言って私に手を伸ばす黒い影。
…嫌だ、行きたくない…私はここに残らなくちゃいけない…!!
「…仕方ないね。今度は迎えに来るから」
スッと消える影に私は安堵の溜息を零した。
「……っっ、!!」
怖くなって目を覚ましたとき、目の前には天井…寝ているのはベッドの上。
「今の…ゆ、め…?」
そっか…夢だったんだ。
それにしても変な夢だったな…疲れてるのかも。
「やあ、こんばんは。起きたかい?」
物腰柔らかそうに話すこの人は、誰なんだろうか…。
「はい…あの、ここは?」
「ここは俺達の隠れ家みたいなものかな」
悪戯に笑って私の頭をぽんぽんと撫でるその手は優しくて、どことなく懐かしく思えた。
私の頭を撫でるこの人もまた、綺麗というか格好いいというか…。
無造作にセットされた黒髪に、瞳は落ち着いたエメラルド色。
…シキくんやルイさんの仲間なのかな…?
「隠れ家…ですか?」
「そうそう、俺達は一応追われてる身だからさ。転々としてるんだよね」
悪いことをしたようには見えないけど…少なくとも私には関係ないと思うし早く此処から出て、ロイと手掛かり探さなきゃ…。
「おい、オッサン。あの女起きた…
って、何だよ。起きてたのか」
ノックもせずに入ってきた男の子はやっぱりシキくんで。
私の様子を見に来てくれたのには代わり無さそう。
…あ。
その前に言わなきゃ。
「あ、あの…シキくん…だっけ?
助けてくれてありがとう御座います」
ベッドから身を起こして丁寧に頭を下げてお礼を言う私に二人は驚いたような表情をしていた。
それも束の間、シキくんは後頭部をガシガシと掻きながら「別に…」と小さく呟いて部屋を後にした。
「はは〜ん」
楽しそうに呟く男の人はきっとシキくんやルイさん、私よりも歳上だと思う。
名前、聞いてないや…。
「あの、えっと…名前…私はユイです」
「うんうん、知ってるよ。
シキ達に聞かせてもらったからね。
君のことはある程度まで分かったよ。
俺の名前はユエ。好きに呼ぶといい」
ユエ…さんか。
シキくん、ルイさん、ユエさん、ロイ。
今の私が頼れるのはこの四人しかいない。
どうすれば手掛かりが見つかる?
どうすれば記憶が戻ってくる?
どうすればこの世界から出れる?
考えても考えても
出てくる答えは全て、
分からない。
「あの…ロイは?」
「ああ、ロイくんなら君のすぐ下で眠っているよ。
きっと疲れたんだろうね」
ベッドを下を覗くとロイが丸まって眠っていた。
…こう見ると子猫の姿のロイも悪くないなぁ。
でも、無事で良かった。
「そうだ、ルイとシキを呼んでくるよ」
ニコッと笑って部屋を出て行くユエさんの後ろ姿を見つめ私はホッと一息ついた。
…下手をすれば私はシキくんに殺されかねない。
あの人は私なんて直ぐに殺せちゃうもん。
でも、仮にもこの人達は見ず知らずの私を助けてくれた。
それは紛れもない事実。
だから逃げるなんて考えは持ち合わせてないけど…だけど、怖い事にも変わりなんてない。
「目が覚めた様ですね、体調はどうですか?」
ルイさんが私に尋ねる。
「あ…大丈夫です…」
別に体調に問題はないけど…私はルイさんに助けられたのかな?
確かあの時…私は崖から落ちたけてた、はずなのに。
「大丈夫でしたら良かったです。
ユイさんを助けたのはシキですよ。
崖から落ちた時に彼も一緒に貴女を追うように飛び込みまして…」
苦笑いを浮かべながら私にあの時の状況を話してくれた。