魔界姫志ーまかいきしー



「だから君は僕らと一緒においで」

隣でシキやルイ、ユエまでもが口をパクパク開いて私に必死に何かを伝えようとしてる。

動けなくしてるのも喋れなくしてるのも目の前にいる、ミルのせいだ。

そっと下を向いて私は考える。

ミルが私へと手を伸ばして触れようとした瞬間に"私"の意識はそれを最後に暗い闇の中へと沈んで行った。


























「汚れた手で私に触るな」




「ちっ…君の方が出てきたのか…」

「私に触れて良いのは彼ら、騎士達だけだ」

「まあいいよ、君に用はない

僕達が望んでいるのはもう一人の君だからね。
今はこれくらいにしといてあげる

次に会う時が最後だね、待ってるよ」


…誰か分からないけど、私の意識じゃない私がミルと話してる…?

目を閉じてふわふわと浮かぶような

この感覚は何だろう…もっと深い所に堕ちてしまいたい、と

思ってしまうのは何故だろう…?

「…私の事をとても良く知っているようだったな

それは何故か。彼らの狙いは何なのか

私が壊れ闇に堕ちた姿を見たいのか
それとも私が死ぬ姿を見たーー」

「ユイ!!しっかりしろ!」

シキの声がする…私を呼んでる…。

シキの、皆の元に行かなくちゃ…!




















「シ、キ…?」






はっとして目を覚ました時には
目の前に映るシキ達のビックリしたような顔と私を心配しているような眼差しが向けられていた。

「ど、どうしたの…?」

「覚えてないのか、お前
今自分が何を言ってたか…」

「えっと…その、ごめん…」

私何か変なことでも言ったのかな?

この数分、数秒の出来事の記憶が全くない…何してたっけ、えっと…

そうだ!!

「ねえ、ミル達は!?」

さっきまで私と話してたミルも
戦っていたヘヴンも居なくなってる。

「あいつらは先にリンベル国へ逃げるようにして去ってった

俺らも後を追いかける」

私の手を掴んでシキは先々と歩く。

その姿を見て、やっぱりあの二人はニヤニヤ笑ってるし…。

…シキはどうしてこんなにも積極的になったんだろう?

最初の頃は私のことをあんなにも嫌がっていたというのに…。

それに私だって、まさかこんな人に恋をするなんて思ってなかった。

…元の世界に戻ったらどうなるんだろう、この恋もこの世界もこの人達も。

私には分からないし先を見る事も

きっと出来ないと思うから…。

せめて…皆だけでも無事で居てほしい。

会えなくてもいい、これが夢でも…

…なんて

そんな都合のいい話なんて無いよね。

どんな運命でも結末でも受け止めて受け入れるしか無いんだから。





「寄りてぇ所あんだけど、良いか」

薄暗く不気味な森を歩きながら呟いたシキの言葉に皆が首を傾げて見つめるも小さく頷く。

この辺はシキが詳しいと思うし
寄りたい所があるって事は もしかしたら重要な所かもしれない。

「こっち」

クイッと顎で脇道の様な場所を示せば草を掻き分けて進むも目の前に広がるのは この場所に見合わない岩で出来た高い壁。

「ちょ、シキ?
まさか…この岩を登って行くとか言わないよね?」

「んな訳ねぇだろ。着いて来い」

その言葉とともにシキは岩の壁を登るのではなく、そのまま前を見て歩き続けた。

「シ…ッ!?」

驚いて声を上げる私に対してルイやユエも目を見開いていた。

勿論、シキはぶつかる事なく岩の壁をすり抜けて行ったのだ。

…何、これ…
この岩の壁は本物じゃない…?

後を追うように私達も続けて その壁をすり抜け奥へと進んだ。




そして、その目の前に広がる光景に息を呑んだ。

小さく綺麗な花がずっと奥まで
咲き乱れている草原に
緩やかな風が吹いていて、まるで
その草花達が踊ってるように
左右にゆらゆらと揺れている。

そして真ん中には一際大きな木が立っていた。
…いや、木というには少し腐っている。

何年、何百年もの月日を経たみたいに所々が黒ずんでいる。

この草原にも見合わない。
緑の葉っぱが付いている訳でもない。

ただ、枯れた大きな樹木が
地面へとしっかり根付いている。

ここは一体何なのだろうか…?

シキの言う寄りたい所はここなの?

だとしたら
ここに何の用があって来たのかな…。


「俺の事を覚えていたら出てきてくれないか?
話がしたい。これから先、お前の力が必要になるんだ」




木の幹に片手を添えて語りかけるシキの後ろをただ黙って見つめることしか出来ない私達に打って変わってシキは何かを決意した瞳をしている。

これからここで何かが始まるのは確かだろう。

<おお…久しぶりじゃないか、シキ?元気にしておったのか。妾をこんな所に隠して何事かと思ったわい>

少し気が強そうな女の子の声が聞こえ、辺りを見渡すけど私達以外に人なんて居ない。

と、言うことは
もしかして もしかしなくても

今聞こえてきた声って…まさか。この木から聞こえてきた!?

いや、もう…ここに来て驚くことなんて無いと思うけど…こんな枯れた木から強気な女の子の声が聞こえることに驚きを隠せない。

<ほぅ?友達でも連れてきたのか。シキに友達とはなぁ…面白うて涙が出そうだ>

「んな事はどうでもいいだろ…つか
とにかく姿見せろよ、こいつらにも紹介してぇし、お前にも一応」

<そうじゃったな、すまんすまん。して、妾を引きずり出してもらえんか? 自分から出られなくしたのはシキだろうに…>

「…ああ、悪い。」

何やら話が勝手に進んでるようだけど
とりあえず、この声の主さんをこの木から出すってことなのは聞こえた。



「…出せねぇんだけど。お前なんか変な魔法掛けたのか」

<いや?妾は何もしておらん。むしろこの中に居たら魔法は使えないはず。そうしたのもシキじゃろ?>

「そうだが現に俺の魔法じゃ出せなくなってる」

2人の話を聞いて私達もシキの隣に並んでみたけれど、どう見ても普通の枯れた木にしか見えないのに…そんなに凄い木なのかな。

ピタリ、と私もシキと同じように左手を添えた瞬間に手のひらへ電流が走ったような感覚に襲われる。

「…っ、これ…」

前にもあった。
自分の髪を触った時に起こったものと似ている。

あれ以来何も見えてなかったから忘れてたけど、この感覚はそれと同じか それに近い何かだ。

<…お主はもしや…!>

女の子の声が聞こえたけど私の目の前に見えるのは何時ものシルエットのみの映像。




『貴公を束縛し、他の者…騎士の魔法では解除できない様命ずる。
無理に魔法を掛ければこの地は崩壊、跡形もなく消え去るだろう

解けるのは神の遣いの言葉のみ』










…これは…過去の事だ。

私達がここへ来る前に誰かがこの地に足を運んでいる。

そして彼女に魔法をかけた。

だからシキの魔法で解けなかった。
と、なると…神の遣い…これは恐らく私の事だと思う。

魔法の解除とか分からないけど、やって見るしかない。

貴方の力を貸して欲しいの、お願いできる?

『容易い御用だ、主の言う事は絶対だからな』

うん、ありがとう。

それじゃあ行くよ?

小さく息を吐いて私は手を添えたまま目を閉じて口を開く。

「汝の封印を解き放つ故に、我らに敬意を示し汝の持つ力をかの者に授けよ。

かの者の名は騎士(ナイト)ーシキー

これは汝と我の契約の元。
認めを示すならば姿を現し我の目を見よ。

…封印解除」

口が勝手にまた動いていく。
片手を添えて、もう片手で杖を持って天高く掲げる。

私の呪文の後に杖の先からは虹色の光が溢れて目の前の枯れた木を纏う。

<…その契約に異論は有りません。
妾の力をその彼へと全て捧げましょう。
神の遣いである、貴方様の命ならば>

何かが割るような音と共に幹の中から小さな精霊が姿を現す。

それを境に枯れていたはずの木に命が吹き還ったのか枯れて黒ずんでいた木に緑の葉やしっかりと巻かれたツルや真っ直ぐに伸びた枝先。

何もかもが なったばかりの大樹 と言うに相応しくなっていた。




<貴方様が神の子である人ですか>

と、小さな精霊は地に片足をついて片手は胸元へと添えられ頭を深く下げていた。

「か、顔上げてください!
私そんな大した奴ではなくて…えっと…その…と、とりあえず!
敬語もなくていい…よ?」

「だ、そうだリア。そのまま 何時もみたいに話してやれ」

<ふむ…そうか、分かった。それならばお言葉に甘えてしまおうかの>

少し考えたように頭を捻っていたものの私とシキに言われ彼女は渋々と言ったように承諾してくれた。

それを合図に彼女はシキの肩へ飛んで腰を下ろしてから私達を見る。

精霊だからか…本当に小さくて手のひらサイズだ。

左右に結ばれた朱色の髪に
瞳はシキと似ていてルビー色だ。

お花のワンピースを着てるみたいに
裾はふわふわとしていて背中には2枚の羽も付いている。

髪には一輪の花も付いているようで。

なんだか口調とその顔や見た目からは想像ができなかった。

てっきり腰の曲がったお婆ちゃんでも出てくるのかと思ったけど…。