ーアナタノ願イハ私ノ願イー
「…っ、なに…?」
突然 私の脳内に直接響いてくるような変な感覚に襲われる。
女の人の声で私と少し似てる…?
でも、この場に私以外 女の人なんて居ないはずなのに…。
「…ユイ、どうした」
「…ううん…何でもない」
ズキズキと痛む頭を片手で押さえながら負けじとヘヴンを睨み付ける。
「覚醒し始めてるね…ミル 任せたぞ」
「りょうか〜い!」
その言葉と共に目の前にミルの姿が現れる。
ミルは動きが早い、私の目の前に来るのなんて数秒で終わってしまう。
私を守るようにしてシキは前に立つけど呆気なくミルの眼の力で隣に戻された。
「安心しなよ
傷付けるつもりはないよ、身体はね」
「…何よ、」
「久しぶりだね、ユイ姉さま?
あの時…そう、君がロイを守れずに殺してしまった時以来だ」
…っ、ロイの話をここで持ってくるなんてほんとにこの人達最低だわ。
「……」
「黙ってないで何とか言いなよ
なーんて言っても無駄だもんね?
君のせいでロイが死んだ事に代わりはないし事実だ
言ったよね、僕
あいつが死んだのは君に力が無いからだと」
まだ頭がズキズキと痛む。
ロイの事は忘れてなんかいないのに
その話をされる度に私は自分が情けなくて許せない。
「ユイ!聞くんじゃねぇ…耳を貸すな
ロイはお前のせいで死んで何か居ないだろ」
「外野は黙っててもらえるかなぁ?」
ミルが片手を上げてシキの声を消す。
それでも何か話そうも口を開くシキだったけど周りから見れば金魚のように口をパクパクと開けているだけにしか見えなかった。
「シキに何をしたの」
「少し黙っててもらいたくてね。
声を聞こえないようにしてるだけだよ
話が終わればすぐに喋れる。
今も僕達の声は彼に届いてるから」
…それなら安心だ、良かった。
「今回も君は彼らを救えないよ
僕達のボスはとてもお強い人だから
君達なんて一瞬で殺せるだろうね?
この意味が分かるかい?
君はまた、ロイと同じように
彼らを死なせるってことだよ。
それなら大人しくこちらに来た方が誰も傷つかない、だろ?」
私のせいで、また
誰かが死んでしまう…?
また、私は救えない…?
私がそっちに行けば誰も傷つかない。
確かにそれはそうかもしれない。
だけど、彼らは今までも
命をかけて私を守ってくれてる。
私だって彼らを
命をかけて守りたい!
「だから君は僕らと一緒においで」
隣でシキやルイ、ユエまでもが口をパクパク開いて私に必死に何かを伝えようとしてる。
動けなくしてるのも喋れなくしてるのも目の前にいる、ミルのせいだ。
そっと下を向いて私は考える。
ミルが私へと手を伸ばして触れようとした瞬間に"私"の意識はそれを最後に暗い闇の中へと沈んで行った。
「汚れた手で私に触るな」
「ちっ…君の方が出てきたのか…」
「私に触れて良いのは彼ら、騎士達だけだ」
「まあいいよ、君に用はない
僕達が望んでいるのはもう一人の君だからね。
今はこれくらいにしといてあげる
次に会う時が最後だね、待ってるよ」
…誰か分からないけど、私の意識じゃない私がミルと話してる…?
目を閉じてふわふわと浮かぶような
この感覚は何だろう…もっと深い所に堕ちてしまいたい、と
思ってしまうのは何故だろう…?
「…私の事をとても良く知っているようだったな
それは何故か。彼らの狙いは何なのか
私が壊れ闇に堕ちた姿を見たいのか
それとも私が死ぬ姿を見たーー」
「ユイ!!しっかりしろ!」
シキの声がする…私を呼んでる…。
シキの、皆の元に行かなくちゃ…!
「シ、キ…?」
はっとして目を覚ました時には
目の前に映るシキ達のビックリしたような顔と私を心配しているような眼差しが向けられていた。
「ど、どうしたの…?」
「覚えてないのか、お前
今自分が何を言ってたか…」
「えっと…その、ごめん…」
私何か変なことでも言ったのかな?
この数分、数秒の出来事の記憶が全くない…何してたっけ、えっと…
そうだ!!
「ねえ、ミル達は!?」
さっきまで私と話してたミルも
戦っていたヘヴンも居なくなってる。
「あいつらは先にリンベル国へ逃げるようにして去ってった
俺らも後を追いかける」
私の手を掴んでシキは先々と歩く。
その姿を見て、やっぱりあの二人はニヤニヤ笑ってるし…。
…シキはどうしてこんなにも積極的になったんだろう?
最初の頃は私のことをあんなにも嫌がっていたというのに…。
それに私だって、まさかこんな人に恋をするなんて思ってなかった。
…元の世界に戻ったらどうなるんだろう、この恋もこの世界もこの人達も。
私には分からないし先を見る事も
きっと出来ないと思うから…。
せめて…皆だけでも無事で居てほしい。
会えなくてもいい、これが夢でも…
…なんて
そんな都合のいい話なんて無いよね。
どんな運命でも結末でも受け止めて受け入れるしか無いんだから。
「寄りてぇ所あんだけど、良いか」
薄暗く不気味な森を歩きながら呟いたシキの言葉に皆が首を傾げて見つめるも小さく頷く。
この辺はシキが詳しいと思うし
寄りたい所があるって事は もしかしたら重要な所かもしれない。
「こっち」
クイッと顎で脇道の様な場所を示せば草を掻き分けて進むも目の前に広がるのは この場所に見合わない岩で出来た高い壁。
「ちょ、シキ?
まさか…この岩を登って行くとか言わないよね?」
「んな訳ねぇだろ。着いて来い」
その言葉とともにシキは岩の壁を登るのではなく、そのまま前を見て歩き続けた。
「シ…ッ!?」
驚いて声を上げる私に対してルイやユエも目を見開いていた。
勿論、シキはぶつかる事なく岩の壁をすり抜けて行ったのだ。
…何、これ…
この岩の壁は本物じゃない…?
後を追うように私達も続けて その壁をすり抜け奥へと進んだ。
そして、その目の前に広がる光景に息を呑んだ。
小さく綺麗な花がずっと奥まで
咲き乱れている草原に
緩やかな風が吹いていて、まるで
その草花達が踊ってるように
左右にゆらゆらと揺れている。
そして真ん中には一際大きな木が立っていた。
…いや、木というには少し腐っている。
何年、何百年もの月日を経たみたいに所々が黒ずんでいる。
この草原にも見合わない。
緑の葉っぱが付いている訳でもない。
ただ、枯れた大きな樹木が
地面へとしっかり根付いている。
ここは一体何なのだろうか…?
シキの言う寄りたい所はここなの?
だとしたら
ここに何の用があって来たのかな…。
「俺の事を覚えていたら出てきてくれないか?
話がしたい。これから先、お前の力が必要になるんだ」
木の幹に片手を添えて語りかけるシキの後ろをただ黙って見つめることしか出来ない私達に打って変わってシキは何かを決意した瞳をしている。
これからここで何かが始まるのは確かだろう。
<おお…久しぶりじゃないか、シキ?元気にしておったのか。妾をこんな所に隠して何事かと思ったわい>
少し気が強そうな女の子の声が聞こえ、辺りを見渡すけど私達以外に人なんて居ない。
と、言うことは
もしかして もしかしなくても
今聞こえてきた声って…まさか。この木から聞こえてきた!?
いや、もう…ここに来て驚くことなんて無いと思うけど…こんな枯れた木から強気な女の子の声が聞こえることに驚きを隠せない。
<ほぅ?友達でも連れてきたのか。シキに友達とはなぁ…面白うて涙が出そうだ>
「んな事はどうでもいいだろ…つか
とにかく姿見せろよ、こいつらにも紹介してぇし、お前にも一応」
<そうじゃったな、すまんすまん。して、妾を引きずり出してもらえんか? 自分から出られなくしたのはシキだろうに…>
「…ああ、悪い。」
何やら話が勝手に進んでるようだけど
とりあえず、この声の主さんをこの木から出すってことなのは聞こえた。
「…出せねぇんだけど。お前なんか変な魔法掛けたのか」
<いや?妾は何もしておらん。むしろこの中に居たら魔法は使えないはず。そうしたのもシキじゃろ?>
「そうだが現に俺の魔法じゃ出せなくなってる」
2人の話を聞いて私達もシキの隣に並んでみたけれど、どう見ても普通の枯れた木にしか見えないのに…そんなに凄い木なのかな。
ピタリ、と私もシキと同じように左手を添えた瞬間に手のひらへ電流が走ったような感覚に襲われる。
「…っ、これ…」
前にもあった。
自分の髪を触った時に起こったものと似ている。
あれ以来何も見えてなかったから忘れてたけど、この感覚はそれと同じか それに近い何かだ。
<…お主はもしや…!>
女の子の声が聞こえたけど私の目の前に見えるのは何時ものシルエットのみの映像。