「これからどうするの、ルイ」
「…カナ達を探して決着をつけようと俺は思ってます
恐らく彼女達が居るのはこの街の次にあるリンベル王国
元は彼女が姫だった国であり シキの生まれ育った国でもあります
そこの宮殿…リンベル宮殿に彼女達が潜んでいると考えます」
オリと話してるルイの会話を聞いて自分の身体が強ばるのが分かる。
…シキの生まれた街。
そこにカナさんも居るんだ。
「その街に行く前に近くの宿屋で一晩泊まろうか」
ユエの言葉に皆が頷く。
そこで作戦を練るって事なのだろう。
「それならこの地下に来客用の大きな部屋が一つ空いているわ
そこに泊まりましょう。アタシはその作戦には参戦出来ないけれどね」
申し訳なさそうに眉を下げるオリに私は首を左右に大きく振った。
「大丈夫、ありがとうオリ」
その言葉にオリは今にも泣きそうな顔をしていたけれど笑って「どう致しまして」と呟いてた。
宮殿に仕える騎士達が後は任せて私達はもう休んでいいと言ってくれたのでお言葉に甘えて皆でオリの案内してくれた大部屋に今は集まってる。
これから 作戦を練るらしい。
作戦通りに行かなくてもその時は最善の案をその場で練るしかない。
「リンベル宮殿は俺が一番詳しい
内装が変わってなければ この地図通りだと思うが、もしもの時を考えて
慎重に行動して欲しい。
何かあれば それなりの対処をしながら進む事になる」
そう言いながらシキが手書きで書いたリンベル宮殿の地図を皆で覗き込む。
オリが案内してくれた部屋は本当に大きくて広い部屋で周りは本棚でいっぱいだ。
さっきからシキ達が何か説明してるけど私には難しすぎて分からない。
要訳すれば【リンベル宮殿に着いたら俺について来い、奴等をたたっ斬る】って事でいいんだろうか?
「あいつらの狙いは紛れもないユイだ
だから ユイを1人にするなよ 必ず」
そんな声が聞こえて私はまた無能なのだと思い知らされる。
元々、何か特別な力があった訳でも無いけど…あるとしても私には使いこなせない、この力
神の子として 何をどうすれば
正解で不正解なのか分からない。
…いや、正解 不正解よりも
私は皆を守る為にこの力を使う。
もう誰も私のせいで
死なせたりしない。
「作戦会議中だけど少し良いかしら?
アタシこれから出掛けるの。
この部屋は好きに使ってくれて構わないわ
貴方達の幸運を祈ってる
それじゃあね。」
オリはそれだけ言って部屋から出て行ってしまった。
部屋を出る時に、こっそりと耳打ちしてきた彼女の言葉に深く強く頷いた。
ーー「ユイ、貴方なら大丈夫よ 負けないわ」
オリに励まされてお世話にもなったのに私は何もしてあげられなかったな。
この戦いが終わったら
私はきっと此処へ戻ってこられない。
「彼女はどちらに行ったんだい?」
皆が気になってるであろう事をユエがルイに向かって呟いた。
ルイはどこへ行って何をするのか、
それを分かってると踏んだのだろう。
ふぅ、と小さく息を吐いて
参ったと言わんばかりに苦笑いを浮かべてルイは話す。
「彼女はこの宮殿の地下、奥深くで再び眠りにつきます
私に力を授けたので恐らく殆ど力も残っていないのでしょう
何千、何万年と眠りにつき、力を溜めてまた 眠りから目を覚ます
妖精達は南そうしています。
恐らくロークァットも あのまま永い眠りに」
その言葉を聞いて静かに俯く。
やっぱり 力を授けるのにも
何かしらの代償が有るんだ。
フレグラント・オリーブ か…
直訳して金木犀。
金木犀の花言葉には
謙虚、謙遜、気高さ、陶酔…
そんな意味があったはず。
そうか、これもルイに
ぴったりな所が幾つかある。
だからオリなんだよね…
そう考えるとシキにも
きっと力をくれる妖精がいる。
オリと会うのが最後だったなんて
誰にも言えるわけがない。
この人達にすら
私の記憶が戻ってる事を話してないのに誰かになんて…。
話したら終わってしまう。
でも、終を望んでるのは私。
なら、なぜ何も話さない?
帰りたい 戻りたいと思ってるのに
この人達と一緒に居たい。
そう思ってる自分が居る。
この数日、数ヶ月で
少なくとも私はもう彼らから離れられなくなっている。
叶う事のない、願い。
叶う事のない、希望。
叶う事のない、未来。
「…イ?」
離れられないなら
突き放してもらうしかない。
「…ユイ?」
そうしなければ
私はきっと望んでしまう。
「ユイ!!!」
「…な、何…!?」
シキが不思議そうな顔をして
私をじっと見詰めてくる。
そうだ、今こんな事を
考えてる場合じゃない。
カナさん達をどうするかだよね。
「何、じゃねーだろアホ
お前はただ俺に着いてくれば良い」
「そ、それだけ…?」
私には戦闘を避けたいって事だ。
何するか分からないもんなぁ…。
「それだけだ
全員でカナの所に行くのは難しいだろうと考えてる
相手の敵が多けりゃ分散して戦うし
あいつらも仲間は居るからな」
…そうだ、カナさん達にも
私と同じように仲間が居る。
弓や素手を操るベルガ
二丁の銃を操るミル
二刀の剣を操るヘヴン
…ヘヴンって奴とは会った事が無いけど考えなくても分かる、その人も強い。
私なんて躊躇いもなく殺せる。
殺さないのは私に何かをさせようとしてるから。
神の子、神の力が必要な何か。
それが分かれば少しは 勝てる希望が有るかも知れないと言うのに。
今の私達は何も手掛かりが無い
まさに手持ち無沙汰状態ね。
「とにかく、今日はこのまま休んでおこうか。
色々な事が一度に起こりすぎている
ユイちゃんも疲れているだろう、しっかり今のうちに休んでおきなさい」
ユエの言葉に皆頷いた。
何があろうとも今、ちゃんと休んでおかないと いざと言う時に困るもんね。
せっせとその場に皆の分の布団を敷きながらも私はシキに目を向ける。
いつもは凛々しくて頼りがいのある横顔なのに
今日は、どこか苦しそうで悲しそうな横顔だ。
それはきっと相手がカナさんだと知ってしまったから。
いくら敵だと頭では認識していても
カナさんと敵なんかになりたくないはずだ。
この人達は人や動物でさえ殺めるのに辛く悲しく怖いと抱いているのに
それが自分の愛した人となると その絶望や悲しみは計り知れない。
私だって今シキを殺せなんて言われたら同じ表情をしてしまう。
この戦いに意味は有るのだろうか?
この戦いにメリットは有るのだろうか?
少なくとも
私達はこんな戦いを望んでいない。
話し合いで和解できるに越した事は無いけど…そんな考えは甘いんだろう。
現に彼らはもう
私達に刃を向けている。
話し合いをする価値もないと。
…この戦いを避けられないと。
「んん…」
いつの間に眠ってしまったのか
私は寝苦しさで起き上がる。
布団に寝転んだ記憶が無いってことは誰かが運んできてくれたんだ…。
左右を見るとルイとユエが起きることなく眠っている。
だけど そこにシキの姿はなかった。
…シキ、どこ行ったんだろう?
私は二人を起こさないように
そっと立ち上がって足音を立てないようにゆっくり部屋から出た。
やっぱり外は暗くて少し寒い。
何か羽織ってくれば良かったかな。
「…あっ…!」
そんな事を思って小さく息を吐いて上を見ればシキが屋根に登ってボーッと空を眺めていた。
大方、シキは眠れないんだろう。
私の声に気付いたのか驚いた表情をするも優しく、見た事も無いような笑みを私に一瞬だけ向けて降りてきた。
…あんな顔するんだ…
心臓がやけに うるさく鳴り響く。
ドクドクと大きく脈打って。
シキが近付く度に心臓の音が
大きくなるような感覚に襲われる。
「こんな所で何してる」
そう呟いたシキの声は
いつもと変わらず冷たくて低い。
さっきの表情からは想像出来ない程に。
「たまたま目が覚めたらシキが居なかったから…」
探しに来ました、なんて
素直に言えるわけもなく苦笑いを浮かべてその場を乗り切る。
『貴様も厄介な奴を好きになったな。
己の感傷に浸るのは勝手だが此方に迷惑は掛けるでないぞ』
そんな時に聞こえた声はあの時と同じ
私の持ってる杖から発せられたものだった。
私の脳内にしか聞こえないとか
言ってたくせに何で今喋るのよ…全く。
「…あ?誰だ。
その言葉は俺に向けてか?」
…え!?
シ、シキにも声が聞こえてる!?
嘘、なんで…。
『今は貴様ら二人に聞こえてるはず
我を前に出せ、主よ』
驚く私を無視して杖は一方的に話し掛けてくる。
頭を抱える勢いで仕方なくポケットに入れていた短い杖を出す。
すると、淡く綺麗に光って
まるで私の手の中に星が輝いてるみたいにキラキラと輝きが耐えない。
でもそれは眩しい、と思うことなく
どこか あの時と同じように遠慮したような光だった。
「…こいつか」
『主とこうやって話すのは初めてか
我はこの杖に宿りし者。
主ーーユイの力を抑えつつも引き出す為に存在している
神の子、黒石の事は存じ上げている
勿論 貴様の恋路もな』
実態こそはないけど きっと今皮肉な顔して言ってるんだろうな…なんて。
シキも怒ってるのか少し眉をピクリと動かしたけど呆れたように溜め息を吐いた。
「分かってるなら話は早い
俺は必ずーー…あいつらを倒す」
唇を噛み締めてグッと手に力を入れるシキを見てなぜか私が辛くなって。
杖を持っていた事も忘れて
私はその 力の入る手に自分の手を重ね
もう片手はシキの頬に滑らせて身体を近付ける。
「…っ、!?」
そんなシキの驚いたような表情を
無視して私は続けた。
「…シキ、大丈夫よ 貴方は強い
ルイもユエも強いわ。それにシキには
私がついてるでしょう?だから貴方は必ず負けたりしない
私が命に変えても守ってみせる」