魔界姫志ーまかいきしー



ルイと名乗った人は

透き通るような銀色の髪に後ろで一つに結えていた。

丸眼鏡をかけていて、でも、その人が掛けると変じゃなくて…むしろ似合いすぎている。

瞳は淡く輝くようなサファイア色。

「私は…ユイです。

どうやってこの世界に来たのか分かりません。ですが、気付いたらこの場所にいました。

…殺すのは勝手ですが私はあなた方の敵ではありません。今は味方でもないですけど…」

そう言ってフードを取った。




すると、目の前にいる二人は驚いた顔をして私を見つめ「…コイツ…」「あなたは…」と、ほぼ同時に呟いていた。


…?

何か変なこと言ったのかな…?

「シキ。これは…」

「ああ…」

ルイと呼ばれる人が私に手を差し伸べ、私がその手を戸惑いながら掴もうとした時、

一本の矢が私たちの手スレスレを通り抜け、グサッと音と共に太い木に突き刺さる。

瞬時にシキくんとルイさんは私を庇うように立ち剣に手を掛けていた。


…動きが速い。


それも束の間、姿は見えないけれど何本もの矢が私たち目掛けて飛んでくる。

それを二人は剣で斬ったり受け止めたり…何分かして矢も全く飛んでこなくなった頃、ロイが言った。

「ユイちゃん、逃げよう。ここは危ない」

いつの間にか子猫のような姿になったロイが真剣に私を見つめていた。

「シキ、ここは彼の言う通り逃げましょう」

ルイさんもロイに同意して……











って、え?





ロイの声は私にしか…聞こえないはずじゃ?

頭上に?マークを浮かべながら私はルイさんを見ると悪戯に微笑んで「後で話します」とだけ短く言って

私を姫抱きしてその場を飛ぶようにして去った。

ロイはシキに首根っこを掴まれながら同じように去った。







木々に乗り移りながら逃げる道中で私の胸は凄く不愉快だった。


この不快感は、なに?


「ルイさん…あの…」

「分かっています。大丈夫、貴女を守ってみせますから」


意味が、わからない。
私はなぜ守られないといけないの?

もしこの不快感が私に向けられた物なら…私がなんとかしなくちゃ…!!

深く、暗い森を抜けると同時に弓矢を持った一人の女性が立っていた。

この人…もしかしてさっき私たちを狙った…?

でも、この距離から狙えるなんて相当な凄腕に違いない…。




「そちらの女を渡してもらおう」

冷たく言い放つ。

ルイさんは私を降ろすと「下がってください」と言い、シキくんを呼んだ。

私の腕の中にロイを放り投げる様に渡してルイさんの隣に立つ。

…でも、投げ方は優しかった。

「アイツ…もう少し手柔らかに扱ってくれないかな?すごく不愉快なんだけど!!」

「まあまあ…」

苦笑いを浮かべながら私はロイをギュッと抱きしめて二人の後ろ姿を見た。

「ふんっ…」

弓矢を持った彼女が鼻で笑ったのとほぼ同時ほどに私の身体は大きく傾いた。

まるで見えない何かに押されるように。
咄嗟にロイを地面に投げて私は精一杯、手を伸ばした。

二人に助けて欲しくて。






「っくそ、おい…!!」

シキくんは驚いたように私へと手を伸ばしてくれた。

でも、その手は私の手と交わる事無く宙を舞う。

見えない何かに押される私は崖から身体を投げ出された。

ああ…そうか。
この森を抜けた先は崖だったんだ。

行き場を無くした私の手も宙を舞ったままで。

こんな所で死ぬのか…なんて思いながら私は瞳をギュッと閉じた。

逆さまに落ちる中でシキくんの声が近くで聞こえたのは…夢なのかもしれない。















私の意識はそこから無くなった。






「君はココには必要ない。

さあ、コチラへおいで?」


誰、この人は誰なの?

ここは、どこなの?

私は、一体何なの?

これは夢?現実?






分かんないよ…。

ココには必要ないって、どういう…?


「そのままの意味だよ、ほらユイ」


そう言って私に手を伸ばす黒い影。

…嫌だ、行きたくない…私はここに残らなくちゃいけない…!!

「…仕方ないね。今度は迎えに来るから」


スッと消える影に私は安堵の溜息を零した。







「……っっ、!!」

怖くなって目を覚ましたとき、目の前には天井…寝ているのはベッドの上。


「今の…ゆ、め…?」

そっか…夢だったんだ。
それにしても変な夢だったな…疲れてるのかも。

「やあ、こんばんは。起きたかい?」

物腰柔らかそうに話すこの人は、誰なんだろうか…。

「はい…あの、ここは?」

「ここは俺達の隠れ家みたいなものかな」

悪戯に笑って私の頭をぽんぽんと撫でるその手は優しくて、どことなく懐かしく思えた。

私の頭を撫でるこの人もまた、綺麗というか格好いいというか…。

無造作にセットされた黒髪に、瞳は落ち着いたエメラルド色。

…シキくんやルイさんの仲間なのかな…?




「隠れ家…ですか?」

「そうそう、俺達は一応追われてる身だからさ。転々としてるんだよね」

悪いことをしたようには見えないけど…少なくとも私には関係ないと思うし早く此処から出て、ロイと手掛かり探さなきゃ…。

「おい、オッサン。あの女起きた…

って、何だよ。起きてたのか」

ノックもせずに入ってきた男の子はやっぱりシキくんで。

私の様子を見に来てくれたのには代わり無さそう。

…あ。
その前に言わなきゃ。

「あ、あの…シキくん…だっけ?

助けてくれてありがとう御座います」

ベッドから身を起こして丁寧に頭を下げてお礼を言う私に二人は驚いたような表情をしていた。

それも束の間、シキくんは後頭部をガシガシと掻きながら「別に…」と小さく呟いて部屋を後にした。