いつか私だってここから消えなければいけない。
それが今か、もっと後かの違い。
…もう、会えなくなるんだ。
その時が来るまで私は彼らを護って笑わせてやるんだ。
そのために、ロイに呼ばれて来たのかもしれない。
それなのに何もしないで死んだり元の世界に戻るなんてしたくない。
ユエの作ってくれたご飯を四人で囲みながら笑って、食べた。
皆とこうして笑って食事をするのは旅立つ前以来な気がする。
各自でパンなどを頬張って無言で終わった日もあったな。
ユルシア村の村長さんがくれたパンは甘しょっぱくて美味しかった。
…ユエの作ってくれたご飯も、優しくて暖かい味がする。
お母さんの料理みたい。
人を思って作ったご飯。
それが一番美味しい事を私は知ってる。
ユエもきっと、皆の為を思って作ってくれたに違いない。
「ありがとう…」
小さく呟いた声は勿論、誰にも聞こえることなく闇夜に消えていく。
…いつか伝えればいいな。
そう、心に秘めながら
私はユエの料理を頬張り続けた。
「飯が済んだら寝るぞ。
特にカメ女、お前はちゃんと寝ろ
…お前の言葉で俺達の生死が変わるんだからな」
「こら、シキ。
ユイさんにそんなプレッシャー与えないで下さいよ。
例え死ぬ事になってもシキは戦うんでしょう?
遠回しな言い方ばかりせずに
何があってもお前を助ける。
って言えないんですか」
やれやれと言わんばかりに肩を竦めるルイを見て思わず笑みが零れる。
シキは遠回しな言い方しか出来ないもんね…私も最初の頃より分かってきたよ。
どんな事があっても、シキは護ってくれるんだって。
ただ言い方に問題があるだけで。
「あ?誰がこんなカメ女…」
「ほらほら、そんな事は明日でいいでしょう?早く寝ましょうか」
クスリと笑ってシキの言葉を遮り火を消す。
ルイって絶対…シキのこと、弄んでるよね…。
シキも悔しそうに見つめてから小さく舌打ちして その場に横になった。
「安心して眠るといいよ。お休みユイちゃん」
優しく微笑んでくれたユエを見て私も頷く。
…そうだ、この人達と居れば大丈夫。
怖いものなんて何も、ない。
…一番怖いのはこの人達と別れる事だ。
そんな事を考えながら
私は夢の世界へと堕ちた。
「動き出したな」
「そうですね…」
「…大丈夫か、ルイ」
「ええ…恐らくは」
そんな声で私はぼんやりと目を覚ます。
あれ…あ…。
そう言えば、あのまま寝ちゃったんだっけ私…。
皆はちゃんと寝たのかな…?
ゆっくりと起き上がって目元を擦っていると不意に頭上から声が聞こえる。
「起きたか」
それは既に起床して身なりを整え終わったであろうシキの姿だった。
私を見下ろすその眼差しは何処か焦っているようにも見える。
「うん…どうかしたの?」
「…ああ。城の奴等が動き出してるらしいな…痺れを切らしたか」
寝惚けていた頭を左右に数回振って覚醒させる。
痺れを切らしたって…まだ3日目になってないんじゃ?
いや、そもそも王様が3日も待ってくれるかどうかすら、不安だ。
「休む暇が無くて悪いけど、行こうかユイちゃん」
そう言って私達がここに居た形跡を無くすためかユエは足で焚き火をした跡を揉み消すように広げた。
「ルイ様がお見えになったぞ!
早く王を呼べ!」
私達が城内へ足を進ませると色んな騎士が驚いたように目を見開いて叫んでいた。
そんなに慌てるようなことでもないと思うんだけど…。
ルイが帰って来て嬉しい。
そう思う人は居なさそうだ。
皆、どこか怪訝そうに…早く帰れと言わんばかりに見つめてくる。
そんな態度に私がイライラしたのも、言うまでもない。
「ほう、やっと来たか
怖くて腰を抜かし、逃げ出したと思ったんだがな」
クク、と喉の奥で笑う王様を見て背筋に悪寒が走る。
笑い方が不気味すぎる。
何かを企んでいるような。
どんなに私が確実な証拠を突き出したとしても…この人は、私達を殺す気なんだって。
「遅れてすみません、王様」
イライラしてた私はわざと『王様』を強調してやり負けないほどの笑みを向けた。
それを合図に王様側の騎士、
私側の騎士は一切話さなくなった。
今から私と王様以外は口を出すなと。
誰一人として口を開くなと。
暗黙の了解のようにシンとした静寂だけが私達を包み込む。
「さあ、聞かせてもらおうか」
「率直に申し上げます。
ルイは…妹さんであるミイさんを殺してなど居ない
貴方は、罪をルイに押し付けているだけです」
きっぱりと言い放つ私に王様がわずかに目を見開いた。
なぜ、妹の名前を知ってるのか。
その目はそんな風に語っていた。
オリから全部聞いたんだ。
悪いのはルイでも王様でもない、女騎士だと言うこと。
そいつが、今ここに居るなら私だってこんな目に遭わないのに…。
「その理由はなんだ?
そいつが殺してないというなら誰が娘を殺したというんだ」
やっぱり、そう来ると思った。
「考えても見てください。
もし仮にルイが殺したとするならば貴方は…直ぐにルイを処刑するはず。
王の力を持ってするならば、容易い事だと思うのですが?」
口元には笑みを、目元は細め。
あくまで私は間違ってないと突き通すために
王様をじっと見つめて目を逸らす事さえもしなかった。
…そうしてしまったら、私が負けそうだったから。
言い負かされると思ってしまったから。
「こんな奴、いつでも処刑にできーー」
「いいえ。貴方は出来ません!
ルイが好きだから。家族だから。
本当は気付いてるんでしょう?
ルイが殺していない事を。
ただ距離感が掴めなくてお互いに空回りをしてしまっているだけ
ただ一言、ごめんと言えなかっただけ
…違いますか、レイさん」
ゆっくりと慎重に言葉を選びつつ私は尋ねるようにして問い掛けた。
一人の人間のせいで一つの家族がすれ違ってしまった。
その期間が長すぎて、どうすれば戻れるのか分からなくなってしまった。
ルイが出て行ったのは、その環境に耐えられなかったから。
王様が連れ戻さなかったのは、父親と名乗っていいのか分からなくなってしまったから。
お母さんも妹さんも きっと二人が仲良くしているのを見たいはず。
それに、一番は…ミイさんは決してルイのせいで自分が死んだなんて思ってもない。
だから誰も悩む必要なんて、悲しむ必要なんて無かったんだ。
「……」
ずっと黙ったまま下を向く王様…ううん、この時ばかりは父親の顔をしていた。
父親としてのレイさんだ。
「…お父さん…」
きっと初めて呼んだであろう声。
父上と呼ぶのはルイがお父さんを王様として見てるから。
お父さん、と呼ぶのは唯一 自分がお父さんと血の繋がった家族であることを示すため。
「……ルイよーー」
「レイ様!大変です!
何者かが城内に入り込んできました!」
レイさんが何か言いかけたとき見回りをしていたであろう騎士が顔を青くして私達の間に割り込む。
その声は焦りと驚怖、そして憎悪が含まれていた。
その場にいた皆が何事かと口々に話し出す。
「…静かにせんか。
その者はどこのどいつだ、」
そんな声で周りはいとも簡単に静寂に包まれる。
レイさんの声だけがやけに大きく響いている。
私も、ただ黙って状況を確認するしかない。
「…私達の事を忘れたのか、王様よ」
その言葉と共に宮殿の上部が激しい音を立てて崩れる。
いや、崩れるというよりも上部だけが崩れるような。
「くっ…危ない!」
そんなルイの声で我に帰る。
上部の破片が幾つも落ちてきて私達まで下敷きにされかねない。
上手く交わしながらもルイが防御魔法を張ってくれる。
「う、うわぁあああ!」
「早く、早くレイ様をーー…」
「嫌だ!まだ死にたくない!」
色んな騎士達の声がまるで遠くから聞こえるようだった。
ルイの体力的な問題で防御魔法を全体に張れなかったのだ。
…張れても私達だけで精一杯。
瓦礫に潰される騎士。
破片で怪我を負う騎士。
逃げ惑う騎士。
レイさんを護る騎士。
その、どれもがスローモーションに見えた。
怖くて、足が動かない。
そんな中、砂埃と混じって中央に人影のようなものが現れる。
数にして約二名…ほどだろうか。
「忘れるなど、以ての外。
その身を呈して償ってもらおうか…貴様の娘のようにな」
「…お前は…!!」
女の人の声とレイさんの声。
砂埃の中から現れたのは一人の女の子とフードを深く被った人。
…話しているのは多分女の子。
私と年なんて正直変わらない気がする。
その子は艷めいた腰まである漆黒の黒髪にやけに肌が色白で、ぱっちり二重の ぷっくりと桜色をした唇。
それに反するように瞳は血塗れのように真っ赤だった。
シキのルビー色とはまた違う、赤黒い…本当に血の色。
身長は…150cmぐらいに見える。
服装はやっぱり黒を基調としている。
でも、この人は何だかゴスロリ衣装っぽくて…少し恐い。
フードを深く被っている人は顔が見えないためか私からは余り分からなかった。
ただ、今この宮殿内には物凄く不穏な空気だけ漂っている事は分かった。
「…カナ…様?」
ルイの驚いたような声が間近で聞こえ、シキやユエでさえも目を見開いて彼女を見ていた。
知り合い…?
「…誰かと思えば貴様達か。良く生きていたな」
スッと目を細め口元に笑みを浮かべる。
その笑みに鳥肌が立ったのは、きっと私だけなんだろう。
「…ほう、私の騎士ではなくその女に着くのか…面白い。
私も貴様らより遥かに強い奴を見つけて来てな…楽しみだ」
一瞬私を見て直ぐにシキへと視線を向けたカナと呼ばれた女の子。
三人はもう、唖然として口を開いたままだった。
『主よ、彼女が黒石のボス…カナだ』
今まで一言も喋っていない杖が私の中に語りかけに来る。
黒石…カナさん…。
そこでハッと思い出す。
いつしか、この杖から聞いた黒石のメンバーの名前を。
ベルガ、ミル、ヘヴン、そしてカナ。
だとするならばカナさんの横に膝をついてしたを向いているのは…
「ベルガ…」
小さく誰にも聞こえぬよう呟いた筈なのにベルガが軽く顔を前に向けるとその細い華奢な手でフードを剥ぎ取った。
そして、カナさんが口を開く。
「その女、ただの人間ではなさそうだな
異世界から来たというもの…」
そんなことを口にしたんだ。