魔界姫志ーまかいきしー



「ここには新鮮な食材が毎日運ばれてくるの。
ここから宮殿までの道のりは遠くもないわ。
強いていうなら30分あれば行けるわ。

それから、この反対側にはレストランだったり…空いてる宿も多いみたいね」

オリと出会ってから一先ずこの街を案内してもらっている。

ほぼ1日を観光で使ってしまったけれどオリ曰く、まだこの街の半分も見て回れてないらしい。

とりあえず宮殿から比較的近い所の案内と宿の探しを重点的に。

そして、どこで食料が手に入るか。

それだけを教えてもらって私達は今、泊まる宿を探している最中だ。

「綺麗で安い所がいいわね…と思ったけれど
あの宮殿の地下で寝泊りしましょう?

アタシに任せて。見つからない所があるの」

なんて自信満々に、まるで無邪気な子供のように呟くオリに

私はただ苦笑いを浮かべて着いて行くしか無かったのだ。

…宮殿の地下って…それもそれで危ない気がするんだけどな…。




「あの宮殿には妖精?精霊?が居るんだって、オリ知ってた?」

「…そ、そうね〜…少しなら聞いたことあるわ。」

今まで楽しそうに話していたオリだったが眉をピクリと動かして あからさまに私から視線を逸らした。

何か隠してる。

それは一瞬で分かったけれど本人が言いたくないのなら仕方ない。

人には話したくないことも有るだろうし…。

「…ユイは、その精霊と会いたいのかしら?」

「会えるなら、会ってみたいかな」

「それはどうして?
あなたも、その精霊とやらの力でも求めてるの」

どこか嫌悪を含んだ…いや、冷ややかな口調で問い掛けられ私は肩を竦める。

「力なんて有っても無くても同じだと思うし…私は興味無いよ。

でも、もし会えるなら…私のとても大切な仲間の過去を知りたい」

「過去を?」

「うん…やってもない事を事実のように言われ、親子関係を崩している人達の過去に何があったのかを」

「…そう。
あなたなら大丈夫よ。その精霊に会っても聞けると思うわ」

そう言って今度は私に向日葵のような眩しい笑顔を見せてくれるオリ。

…こんな顔するんだ。
すごく綺麗で目が離せないような笑顔。

「そうかな?そうだったらイイなあ…」

私もそう返してオリの隣をひたすら歩く。

宮殿までの道のり、私はたくさんオリの事を知った。

好きな食べ物、色、花、…他にもたくさん。

遠回りをして地下へと行く予定だったみたいだけど、その時間は私の中ではあっという間だった。





「ここがアタシの家よ」

そう言って案内されたのは宮殿の地下とは思えないほど綺麗でとても広かった。

地下には扉のようなものが幾つもあり長い廊下のようになっている。

「いっぱい扉がある…」

「ああ…それはね。
この宮殿の王様を守っている騎士達の一人部屋みたいなものよ。

常に王様の側近として生活している彼らだけど時間交代もあるの。

その時に部屋に戻って色々する人もいれば寝る人もいる。

アタシがここの部屋を使えるのは特別なんだけれど、それはまだ秘密ね」

そう言いながら一番手前の扉を開けて私を中へ入るように促す。

「お邪魔します」と呟いて恐る恐る入ってみると、そこは意外にも普通の在り来たりな部屋だった。



部屋の端には勉強机のような物が一つとベッドが一つ。
窓際には花瓶が置いてあって壁にはパーカーのような服がかかっている。

あまり生活感は無さそうだけど汚くもなかった。

「…それで?貴方はこれからどうするつもりなの?」

…考えてなかったな。
ただルイの誤解を解きたくて一人で突っ走ってきた。

「何も考えて無いの」

「…あらあら、それじゃあ3日間ここに居ればいいわ。
外に出ず、ここに居れば分かるものよ」

城下町で聞き込みをしようと考えてた私だったけどオリの言葉に驚いて見つめる。

いや、だって3日間こんな所に居ても何も分かる気がしないし…それこそ時間の無駄だと思うんだけど…。

「ここは情報網がすごいのよ?

それに、その事なら私が一番詳しいんだから」

最後の方は小さくて聞こえなかったけどオリが自信満々に言うものだから私も頷くしかなかった。

…もし3日間で見つけられなくても私は彼らを処刑にさせるつもりはない。

死ぬのは私一人で、十分なんだから。


「……ユイ」




私を真剣に見つめるオリ。
その眼差しはどこか不安そうで、でも小さく微笑んで言葉を続ける。

「アタシには何も出来ないかもしれないけれど、貴方達に力を貸すことは出来るんだから頼りなさいな」

そう言って私の頭を数回撫でてベッドへと横になり手招きする。

「今日はもう寝ましょう?
また明日から頑張れば良いのよ」

その言葉を最後に疲れていたのか私は直ぐに夢の世界へと誘われた。






久しぶりに何の夢も見ずに安眠できたと思う。
魘されることも、悪夢や予知夢を見る事もなく

熟睡したんだろう。





次の夜…って言うか、次の日なのかも分からない此処は何て言えば良いのか分からないけど喉が渇いて目を覚ました。

そこにオリの姿はなくて、パーカーも無くなっているのを見ると何処かへ出かけたんだろうと思う。

そう言えば寝る前にここにあるものは勝手に好きなように使っていいわ、なんて言われてたっけ…?

寝ぼけた目を擦りながら私はコップに水を注いで一気に飲み干す。

「…皆は、大丈夫かな」

ふと、窓に近寄って月を眺めながら呟いた。

夜しか来ないこの国は月だけが綺麗な気がする。

今日は満月の夜。
明日は?

そもそも、私達に明日なんて来るか分からないんだ。

ベルガ達がいつ襲ってきてもおかしくないし

いつ、命を落としてもおかしくない。

そんな危険な国で私はどうして生きているんだろう。

本当はもっと、安全な国で生きてたはずなのに。

「…元の世界に帰りたい…」



自然と口から零れた言葉に私は目を見開く。

元の世界?


あれ、私なんで…そんなこと…




目を閉じて思い浮かべるのは家族のことや親友のカナちゃんの事やシンくんの事で。


ああ、私の記憶が戻ったんだ、って直感的に思ったけど自然と怖くも何も無かった。

私はこの世界の人じゃなくて、この世界よりも…ずっと遠いところから来てしまったんだ、と。

ここが未来なのか過去なのか…それとも…もう一つの並行世界なのか。

もし、パラレルワールドが存在するなら元の世界の私はどうなってるの?

私が居なくなってどれぐらい経つ?

みんな、心配してるのかな…。


夜になると人は不安になることが多いって何かで見たけど確かにその通りだと思う。

シキもルイもユエも居ない、オリさえも居ない今、私の心はどんどんネガティブになっている。

…私がこんな弱くちゃダメなのに。

元の世界に帰りたい、帰りたいけどここの世界で皆と居たい。

そんな矛盾が私の中を駆け巡る。

「何を考えてるの?」

不意に声が聞こえた。



「オリ…」

「そんな不安そうな顔して。どうしたのよ?
貴方には笑顔が似合うわよ」

ほら、笑いなさい。とオリが私に近寄って頬を指差す。

ロイが死んでから私って笑った事あったかな…笑ってもいいのかな。

ロイ…私がこの世界に来たから殺されてしまった。
もう一度、会いたい。

会って謝りたいのに…それすらも叶わないなんて…。

「…教えてあげるわ、ユイ」

窓を開けて身を乗り出し月を眺めるオリを私も横目でチラリと見る。

それはどこか懐かしそうな横顔で。

私はオリの言葉の続きを待っているしかできなかった。

「アタシはこの宮殿に長い間居るんだけれど…貴方のお友達の過去も知っているのよ。

ルイ、だったかしら?
あの人の父親はこの国の王、レイだったわね。

そして、娘…ルイの妹に当たるミイ

その三人でこの国を守っていたわ。」

「ルイ」と言う単語が聞こえて私の肩は小さく跳ねた。

だって、まさかオリの口からルイの名前が出るなんて思っても見なかったから。

「王女である母親は彼等が幼い頃に病死したらしくて、それ以来 父親の態度が豹変してしまったのよ。

荒くなり、国民の事さえも考えなくなってね。

色々な不満の声も聞いて聞かぬ振りをしていたわ。」




まさか。
私は自分の耳を疑った。

王様がそんなことをしていたなんて…。

でも、私が会ったときはそんな雰囲気しなかった。

ただルイを心から嫌っているという風にしか見えなかったな…。

「そんな父親を変えたのがルイ自身だったわ。

若くしてこの国の不安の声も何もかも変えてしまったのよ。
それを見た父親が自分が悪かったと民の前で頭を下げた。

そこから変わったのよ、この国は。
あの忌々しい事件が起こる前まではね。」

月を見つめていたオリが悔しそうに唇を噛んだ。

忌々しい事件って、なんだろう…?

オリが悔しくなるほど悲惨だったの?

でも、どうしてそれをオリが知ってるんだろう…

私は疑問だったけど特に問う訳でもなく黙って聞いていた。

話し終わったら、聞いてみよう。

「宮殿の地下にいる精霊はその事件にも遭遇しているわ。

彼らを助けようと力を使ったけれど助け切れなかったみたいね」

自嘲的に笑うオリを見て一瞬、オリが精霊?

なんて思ったけどそれはない。
ちゃんとした人間だし…と言うことはオリは精霊を見たことがあるんだ。

その、宮殿の地下に住まわる精霊を。

そして、その事件の時にもオリは居たんだ。

私はそう思った。