ふと、頭上から声が降ってくる。
見上げるとそこには深くフードを被った人間が木の枝に座っていた。
黒の衣装を身に纏っている人。
顔こそ見えないけれど…声はどこか中性的でハスキーな感じだった。
「貴様の名前は」
「ほう…己の名を名乗らずに相手に尋ねるのか?
まあ、私はお前達の名前等知っているが。
会うのは二度目だろう?…あの日以来だな、ユイ」
そう言って木の枝から飛び降りて地面に足をつけた彼女に私達は警戒心を強めるしかなかった。
二度目…?
それに、私の名前を知っている?
私と言ってる時点で女の人だろうと言うことは分かったけど…会ったことなんて、無いはず。
私達の行動を見てか、彼女は小さな溜息を零してフードを取った。
「…!」
そこには、セミロングぐらいの長さをした赤髪の、これまた顔までが中性的な女の人だった。
…この人、女、だよね…?
私でも疑うほど見分けが付けられなかった。
それほどまでに彼女は美しかったし何より格好もよかったからだ。
「貴様はあの時の」
「覚えているか。お前も中々だったな
まさかこの女のために身を投げ打って一緒に崖から落ちるとは」
崖から落ちる。
その言葉で私はようやく理解する事が出来たらしい。
この人は…私が初めてこの世界に来たとき、弓で襲ってきた…!!
どうして。
そんな言葉が頭を過ぎる。
どうして彼女がここにいるんだろう。
何が目的で私達の前に現れたんだろう。
「無駄口は聞きたくねえ。
貴様の狙いは何だ。こいつか」
こいつ。
恐らく私の事なんだろう。
私が神の子だから、なのか
それとも只の珍しさから手に入れたいと思うだけなのか。
…どの道、この人達に着いていくのは得策ではない、と
馬鹿でアホな私でも分かる。
「分かっているではないか。
そうだ、私達はその女が目的でお前達を襲った。
まあ、その女にも自分から来るように伝えたが…
中々来ないから迎えに来てやったんだぞ?」
私から行くように伝えたですって?
…私はこの人と合うのは二度目のはず。
それは彼女もそう言っていた。
それなら、いつ話した?
頭で考えてある事を思い出した。
…夢の中だ。
この声聞いたことがあると思ったら一度だけ夢で聞いた声だ。
…確かにあの時も「迎えに行く」とか何とか言っていた気がする。
「生憎この女は俺達も必要なんでな。
そう安々と渡すわけには行かねえんだよ。
そんなに欲しけりゃ力づくで奪いに来いよ。
まあ、んな事しても俺達が守るけど」
シキ…。
私はシキの言葉で嬉しくなった。
守る。
そう言われたのが嬉しかったのかな。
…シキも、私を認めてくれてるのかな。
そんな気がしたんだ。
都合のいい話かもしれないけど、私にはそう聞こえても…おかしくなかったんだ。
「落ち着け番犬共。
私は今お前達と戦う気はない。
一先ずお前達と顔合わせをしておこうと思っただけだ。
そう、早まるな。次に会った時は…殺してくれる。
私の名はベルガだ、覚えておけ」
それだけ言って彼女、もといベルガは颯爽と森の中を飛ぶようにして駆けていった。
…一体、何だったんだろう。
「チッ、逃げられたか」
「シキ…駄目ですよ、今は何も起きていません。…勝負は次のようですから」
「ああ…分かってる」
不機嫌そうに鼻で笑ったシキに私は思わず目を逸らした。
…だって、シキの顔が怖かったから。
今すぐにでもベルガって人を追い掛けて殺す勢いだった。
シキに、シキ達にこれ以上手を汚して欲しくないと思う反面で
私を黒石から護って欲しいとも思ってしまう。
この感覚はなんだろう。
私は、どうすればいいんだろう。
…考えても仕方ないのに。
私はベルガと呼ばれた人が立ち去った方を向く。
そこにはもう誰も居なくて。
ただ、真っ暗な世界が永遠と続いているだけだった。
私達は今、フリュース国にいる。
あれからベルガの事は気になったものの追い掛ける手掛かりすらない私達は断念してフリュース国へと向かった。
そこはもう、私の想像してた通りの国で
気高い衣装を身に纏った綺麗な人達が行き交う街。
活気に溢れていた。
この世界に朝も昼も来ないというのに、常に夜だというのに、この国はそれすら忘れる程に綺麗で煌びやかだった。
「これから、どうするの?」
私の問い掛けにシキ達は皆顔を見合わせて考えていた。
何処に行くとしてもこれから先はベルガと言う人…ううん。
黒石に気を付けないといけなくなる。
次に会ったときは殺す、か…。
会いたくないけど会わなきゃいけない。
そんな気がする。
黒石のトップに値する女の人…
カナさんともいつか対面するかもしれない。
カナさん…?
あれ。
どこかで聞いたことある名前なのに…思い出せない。
私の気のせいなのかな…誰かと間違ってる?
でも…
一体誰と間違ってるっていうの…?
…頭が、痛い…。
「なあなあ、知ってるか?」
「なんだよー」
「あの宮殿の地下にすごい精霊が居るって話だよ」
「精霊?いるわけ無いだろ、精霊も妖精もおとぎ話だろ」
「それが居るんだって!俺も会ってみたいなあ」
…ふと、そんな会話が聞こえてくる。
若い男二人が何やら興味深そうに話すその姿に私だけではなく、皆視線を向けていた。
妖精…精霊…この街にもそんな噂はあるんだなぁ…。
あの宮殿と呼ばれた方へと顔を向けるとそこには、一際目立つ大きな建物があった。
…確かにあれは誰がどう見ても宮殿と呼ぶに相応しい城だよね。
…お姫様とか王子様とか、居そうな。
女の子なら誰でも一度は夢見るお姫様。
私も、なってみたい。
なれっこないけど、お姫様も悪くなさそう…とか。
「おい。俺達の次の目的は"その精霊とやらに会う"事にする」
と、シキが突拍子の無い事を言い出す。
「ちょ…シキ!?
どうやって宮殿に入るっていうのよ…」
「お前は馬鹿か?いや、馬鹿だったが。
俺達が騎士になれば良いだろ
腕は悪くねえんだ、姫様を護るぐらいなら簡単だろ」
…確かにシキ達が強いのは私が一番分かってるつもりだけど、そんな簡単に入り込める訳がない。
宮殿の前には門番みたいな人だって、もしかしたら怖い王様がいるかもしれないし…お姫様も実は我が儘で自分勝手すぎる人かもしれないし…。
「やってみる価値はありますね」
…こういう時に限ってルイは賛同するんだから。
何となく二人が一緒に居られる理由が分かったような気がする。
「確かにそれはいい案だけれど、ユイちゃんはどうするんだい?」
ほら、やっぱりユエが一番常識人だ。
でも、ユエの言う通り…いくら三人が騎士になれたとしても私はどうなるんだろう。
姫にでもなる訳じゃないし、逆に怪しまれるんじゃ…?
「…この国の姫になればいいだろ」
「…え?
シキは何を言ってるの」
「この国に姫はいないはずだ。
そうだろ、ルイ」
「…ええ、そうですね…」
ルイが宮殿を悲しげに見つめて答える。
それは何処か懐かしそうに、そして憎悪を孕ませて。
ルイがあんな顔をするのは初めてだ。
いくら目が笑っていなかったと言っても…あんなに、丸でこの国が嫌いで…その姫様も嫌っているような。
どうしてルイがこの国にお姫様が居ないことを知ってるのか。
…ルイとどういう関係があるんだろう。
「…それでも、そんな簡単には無理でしょ」
「俺を誰だと思ってるんだ」
「シキはシキ。それ以下でもそれ以上でもない…騎士、じゃないの?」
「…まあ、お前は黙って着いて来てればいい」
また、そんな適当な…。
こんなところで死ぬとか嫌だからね…?
偽りの姫になって捕まって死刑とか…考えたくもないわ。
それでも私に拒否権は無かったらしく、黙ってシキの後に着いてきている。
勿論、宮殿を前にしてみれば侵入者を徹底的に懲らしめようと しないばかりの威圧な騎士達がいる。
そりゃあ私達は今からこの国の姫になるとか騎士になるとか言ってるけど…どう納得させるんだろう。
「ここの者だ、入らせろ」
見えついた嘘を清々しい程に素直に言うシキに私は目を見開くしかなかった。
ここの者って何。
そんな嘘、バレるに決まってるじゃん!!
ひやひやしながら そのやり取りを見てると、門番らしき人二人が横目でシキではなくルイを見る。
その瞬間、驚いた様に目を見開いて。
深々と頭を下げて「畏まりました、こちらへ」と呟いたんだ。
…ほんと ルイって何者なの…?
「レイ様!
ルイ様がお見えで御座います」
「なんだと。あの疫病神が帰ってきたのか!?」
私達にも聞こえるほどの大声でレイと呼ばれた人が言葉を紡いでいた。
疫病神って…ルイの事なの…?
様まで付けられてるのに、どうして…