「ユエ、何かあったの…?」
「そう思うかい?」
「…ずっと浮かない顔してる」
「参ったな…ユイちゃんには話しても良いかもしれないな」
困ったように眉を下げて笑うユエを見て私の胸はチクリと痛む。
聞かなければ良かったと思う反面、どうしてユエが悲しそうな顔をするのか知りたいと思った。
もっと皆の事を知りたいよ。
私には何も出来ないけど…それでも力になりたいと思うよ。
それが例え微力なものでも、救えるのならば救いたいと思うよ。
皆が皆、話してくれるとも思ってないけど…いつか自分から話してくれれば良いなと思ってた。
嫌なら誤魔化せば良い。
…でも、私は諦めないんだからね。
「今から俺が話す事は独り言だから」
「…うん?」
「ユイちゃんはその独り言をたまたま聞いてしまっただけ」
「…うん…」
ふぅ、と一つ深呼吸をするユエを横目で見ても やっぱり苦しそうな表情をしていて。
『聞かなければ良かった』という後悔の波が押し寄せてくる。
「俺にはね、とても大切な人が…居たんだ。
でも その大切な人はこの国の姫様が殺してしまった。
この国の姫様は我が儘で自分が中心に回っていないと気が済まない人でね?
それでも彼女は唯一自分より優先したいと思った人物がいるらしい。
それが遠い国の王様だった。
王様のためなら自分を後回しに考えれて彼中心になった。
でも、その王様には好きな人がいた。
それが姫様の妹だったんだ」
ユエが淡々と表情を変えずに話す。
話す前の苦しそうな顔じゃなくて今は、もう無心に近い状態で。
…その話とユエの大切な人…多分、美咲さんとの関係は…?
「自分より下の妹に好意を寄せる彼に姫様は怒り狂ってしまった。
姉妹とはいえ、母親が違う二人は血は繋がっていなくてね。
姉である姫様が考えた結論はこうだ。
ー妹を殺してしまえば良いんだー
そうすれば王様は私を好いてくれる と考える様になり妹を殺させた。
姫様が資金を大量に払い妹の死は事故死扱いになった。
それでも執念深い姫様は妹と同じ…綺麗な金髪に深々しい緑色の瞳を持つ人間を殺そうと計画していた。
…それが俺の大切な人に当てはまって殺されたんだ。
勿論、そこまですれば姫様は牢獄行きの死刑になったよ。
死刑執行は明後日の昼。
その忌々しい事件が起こったのは…もう三年前の話だけどね。
三年経ってようやく姫様が死刑、だなんておかしな話しさ…今、この国に姫様なんて居ないも同然なのにさ。
誰がこの国を守るんだろうね」
自嘲的に笑うユエを見て私は思わず手を掴んだ。
驚いたように私を見下ろすユエに私は目も合わさず俯いて口を開く。
「…それが美咲さん…って事?」
問い質す訳でもないのに私の口からは さっにユエが寝惚けて呟いた女の人の名前を出していた。
「……」
ユエは否定も肯定もしなかったけど私は肯定だと思った。
何も言ってないけど…美咲さんの名前を出したときユエの手がわずかに動いた。
…きっと焦ったんだと思う。
「ユエがその人を好きなら好きでいいと思う。
人が誰かを愛するのなんて当たり前の事だし…」
手を握る力が自然と強くなる。
「でも…ユエが自分を責めるのは間違ってると思う。
そのお姫様が悪いけどユエは心のどこかで自分が守ればよかったと思ってるでしょ?
この国を敵にまわしてでも守ればよかったと」
…何となくユエの思ってる事が分かったような気がする。
あの時に自分がついて居れば
あの時に自分が守っていれば
あの時に自分を犠牲にすれば
彼女は助かったかもしれないのに。
そう思うようになったんじゃないかな。
最初はただ、お姫様に対する復讐から動いていたのに日が経つにつれて
どんどん自分を追い込んで。
それでも笑わなくちゃいけない。
優しい人で居ないといけない。
ユエがこの国で一番、治癒力が優れているのは美咲さんの事があったから。
…あの時に治せなかった傷でさえ今なら癒せるのに。
どうして自分を責めて
卑下するんだろう。
そうして何かが解決するのだろうか。
「…俺が俺でいれば何も壊れないし何も変わらないからね」
「…ユエ。凄く偉そうな事を言わせてもらってもいい?」
「ああ…構わないよ」
小さく笑って私を見つめる。
その胡散臭い笑いも何もかも造られたユエだったんだ。
今、やっと分かったよ。
「あのね、ユエ。
確かに美咲さんはもう居ないし戻っても来ない。
ユエが美咲さんを想うのは勝手だし悪い事じゃないよ?
でもさ、想うのと引きずるのは違う
休む事と休憩する事だって違うでしょ?
一日の休みと数分の休憩の違いがあるのと同じように
美咲さんの事で前に進めないのならそれはユエの自己満足、だと思う。
ユエは何の為にシキやルイと戦ってきたの?
ユエは何の為にこの国で一番になったの?
…ユエは何の為に、生きてるの」
「…俺はね、美咲のーー」
「美咲さんに代わって復讐の為、とでも言いたいわけ?」
私がそう告げるとユエは目を見開いて私から目を逸らした。
それも、肯定だと受け取っていいのね?
ユエが生きてるのは美咲さんの為。
じゃあ 美咲さんの代わりに復讐したらユエは死んでも良いって言うの?
「…そんなの、違う」
小さく呟かれた私の言葉は見事に消え入った。
「俺には良く分からない。
生きる理由も死ぬ理由も。」
分からない。
そう言ったユエの顔は本当に分からないって顔をしていて。
今にも泣きそうだった。
「簡単な話じゃない」
とても簡単で、とても単純な。
純粋に考えれば分かることなのに、ユエはそれを考える事すらも放棄していたんだ。
「ユエの生きる理由は 美咲さんの分まで生きて
美咲さんの分まで幸せになること。
それが難しいと思うなら今は私達の為に生きて、私達の為に笑って、泣いて…怒ってほしい。
私が貴方達を全力で守るように。
貴方も…ユエも私達を全力で守って」
「分からない、なんて言わせないんだからね」
そう付け足してユエを見上げて満面の笑みを向ける。
そうだよ。
ユエが分からないなら私が教えてあげればいい。
私だけじゃない、きっと二人だって こう言うはずだから。
「自分の身一つ守れねえ餓鬼が何を一人前に ほざいてんだよ馬ー鹿」
…こんな嫌味を言うのは私が知る中で一人しかいない。
「シキ…」
「おい、ユエ。
お前は今まで俺達の何を見てきた
何を学んできた?何を得てきた。
お前も、このカメ女も俺とルイが守ってやるからお前は 俺達の傷を癒すことを考えてろ」
…ああ。
やっぱりこの三人はとても強い絆で結ばれてるんだ。
私なんかでユエの心が開くわけないし私なんかが、この人達の輪に入っちゃダメなんだ。
「…参ったよ、君達には…」
溜め息を吐いて空を見るユエだったけど、それはどこか吹っ切れているような。
安心しているような顔をしていた。
…ん?
でも、シキはさっき私も守るとか言ってたような…。
「シキ…?私も守られるの?」
「当たり前だろ。主にルイが」
な、何よそれ…シキが守ってくれるんじゃないのね…。
「はは、シキも素直じゃ有りませんね」
「ルイは一々うるせえ、黙ってろ」
こんなやりとりも今じゃ普通になってきてるけど。
この先何があるか分からないのに こんなにも呑気で良いのだろうか。
嵐の前の静けさ、みたいにならなきゃいいけど…さ。
「着いたぞ」
シキの声でハッと前を見る。
そこにはただ普通に滝があるだけで他に道なんてものもないし
誰がどう見ても行き止まりにしか見えなかった。
「行き止まり…ですね。引き返して違う道に行きますか」
そう言うルイだったけど私はジッと目の前の滝を見つめる。
…この景色、もしかして…?
何度も見た、声だけが聞こえる言葉を思い出す。
どうして今それを思い出したのか分からないけど、この滝は行き止まりなんかじゃない。
私の見た光景がもしも本当なら…。