家を出ると1台のトラックが停まっていた。時正君のお父さんが助手席にお婆ちゃんを乗せる。

「時正、このお嬢さんは?」

「鉄道寮の仲間じゃ。僕たちは鉄道寮で降ろしてくれ。父ちゃんは母ちゃんと婆ちゃんを連れて、広島から出来るだけ離れるんじゃ。もし僕が陸軍に捕まっても、車を走らせるんじゃ。ええな」

「わかった。お嬢さん、荷台で悪いがはよ乗りんさい」

 時正君はトラックの荷台に上がり、私の手を引き上げた。荷台には時正君のお母さんが乗っていた。

 お隣の玄関ドアが開き、もんぺ姿の富さんが年老いた両親と幼子を連れて姿をみせる。

「富さん……」

「ご迷惑でなければ、うちらも……乗せてくれんね。時正君の言う通り、空襲警報が発令された。もし原爆が投下されるなら……子供だけでも乗せてくれんね」

 私は時正君と顔を見合わせる。

「もちろんです。みんなはよ乗って」

 富さんの家族を車に乗せ、トラックは夜道を走りだす。

 このまま逃げ切れると思っていた。

 でも……
 それは許されなかった。

 わずか数メートルでトラックは停止を余儀なくされた。

 ――陸軍だ……。

「僕が話をする。ビラを配ったのは僕じゃ。音々ちゃんはみんなと一緒に行ってくれ」

「時正君……」

「父ちゃん、母ちゃん、婆ちゃんを頼む」

「わかった。今から家に帰るところじゃと説明する。それでええな」

「うん」

 2人の軍人がトラックに近づく。
 皆の緊張感は増し、富さんが抱いていた子供が泣きだす。

「貴様ら、こんな時間にどこに行く」

「身内に不幸がありまして、葬式があるけぇ親戚を連れて家に帰るところじゃ。軍人さん何かありましたか?」

 時正君のお父さんは軍人にそう説明し、問い掛けた。

 「市内のあちこちで、夜逃げ同然町を出るものが後を絶たないと、本部から連絡があり検問中だ」

 軍人はみんなの荷物を検査し、時正君のポケットから1枚のビラを見つけた。