「音々ちゃん、時正が見せてくれた紙のことかいね?」

 お婆ちゃんはすでに時正君からビラを見せられているようだった。

 時正君はカバンの中から、沢山のビラを取り出し座卓の上に並べた。

「婆ちゃん、これは警告文じゃ。桃弥君や仲間と相談して警告文を作った。未来で見たことを広島の人に伝えるために、みんなで手分けして被爆地のあちこちにビラを配ったんじゃ。今日は市長公舎にも行った。けど、門前払いされてしもうた……」

 被爆地と聞き、脳の奥がズキンと傷んだ。痛みとともに、携帯電話の画像に写っていた男子の笑顔が浮かんだ。

 ――未来……被爆地……
 1945年……8月6日……8時15分……。

 キーワードのように、文字や数字が次々と脳裏に浮かんでは消える。

「明日、広島に原爆が投下される。父ちゃんに電話したけぇ、夜中にトラックで婆ちゃんを迎えに来るはずじゃ。婆ちゃんも音々ちゃんも父ちゃんと一緒にここから逃げるんじゃ」

「時正君も一緒に逃げるの?」

「僕はいかん。鉄道寮に戻る。最後までみんなと一緒じゃ。婆ちゃん、飯を食ったら荷造りをするんじゃ。ええな」

「わしには時正の言うことがようわからん。わしは年寄じゃ。みんなの足で纏になる。わしはここに残るけぇ、音々ちゃんと2人で行くとええ」

「婆ちゃん、なに言うとるんか。僕は婆ちゃんを助けるためにここにきたんじゃ。婆ちゃんをおいて行けるわけなかろうが」

「ありがたいことじゃが、ご近所さんを残して婆ちゃんだけが逃げるわけにはいかんのじゃ」

「お婆ちゃん……」

 失われた記憶、それが何なのかわからない。でも時正君の切迫した様子に、ビラに書かれたことが真実ではないかと思い始めていた。

「時正君、もっと詳しく話して下さい。桃弥君って誰ですか?私のことを知っている人ですか?」

「桃弥君は音々ちゃんの幼馴染じゃ。2人の家は隣同士なんじゃ。同じ高校で同じ剣道クラブ、桃弥君もあの日僕達と一緒にタイムスリップしたんじゃ。2016年から1945年にタイムスリップしたんじゃ」

「私が……あなたとタイムスリップ……?……何も思い出せないの。でも……彼に逢いたい。彼に逢わせてもらえませんか?」

「桃弥君は鉄道寮におる。広島におったら危ない。音々ちゃんは父ちゃんと一緒に逃げるんじゃ」

「……いえ、私も鉄道寮に連れて行って下さい。そこに行けば……何か思い出せるかもしれない……。時正君、お願いします」

「音々ちゃん……」