森林に囲まれたカーブの道路脇に、車は止まっていた。
ボンネットが開いていて三上がスパナを片手にその中へ頭を突っ込んでいた。

「あ~どこが悪いんだか、さっぱりわかんねぇ~。やっぱり外車はだめだな」

「JAFとか呼んだんでしょ?余計なことしないで、来るのを待てばいいんじゃないの?」

車に寄り掛り携帯をいじりながら美雨が三上に言う。

「何、のんきな事を言っているんです?はい、確かに呼びましたよ。ここまで来るのに1時間半はかかるって言ってましたけど。それから、事務所にも、撮影現場にも、連絡を入れました。返事は2時間で着くからとか。タクシー会社にも電話をしましたよ。やっぱり2時間待ってくれって言われましたけどね」

「それじゃ、仕方ないんじゃない?待つしかないね」

「あのねぇ~美雨、もうね、撮影は始まっているんですよ。今日は大事なシーンがあるからって言われてたでしょ?!判っているよね?!スタッフの皆さんも他の共演者の方々も、もう、とっくに着いてお待ちになっているんです。美雨がお寝坊しなければこんなことにはならなかったの。反省してくださいね」

「チッ、車の故障も俺のせい?俺にだって、付き合いってもんがあるの。昨夜、遅くまで盛り上がっちゃって。三上さんにだって、そんな時だってあるでしょ?」

「どうせ女の子でしょ?マネージャーの俺が責められるんですよ。管理が行き届いていないってね」

「あ、もしかして、焼いてる?」

「はい?まったく、反省していないんだから。お願いですからスキャンダルだけは避けてくださいね。今の人気が落ちしますから」

「俺は、口の堅い娘、としか、し、な、い」

「チッチッチッ、いけません。大スターがそんな言い方しては」

三上は、諦めてボンネットをしめた。

カーブがかった300メートル先に車が向かってくるのが見えた。

「あ、パジェロがこっちに向かってくる」

サングラス越しに美雨は見ていた。

「お~天の助け。ほら、車の中に入って」
「なんで?」
「いいから」

仕方なく車に戻る美雨。
三上は、近づいてくる車の前に両手を広げて、その車を止めた。


車を止め、ウインドーを下げると、陽太は顔を出し尋ねた。

「どうしました?」

「車が故障してしまい、困っているんです。実は、この車には大……」

三上は、丁寧に事情をこと細かく要らない説明まで話した。

「というわけです」

三上は、後部座席にいる満月を見た。

「どうぞ、お乗りください」
「ありがとうございます」

三上は、見えない様にガッツポーズをした。
そして、後ろを振り返り車の中の美雨に向かってウインクを投げた。

満月は隣に置いてあった荷物をどかして相手が座る場所を空けた。

美雨は、後部座席に座った。
そして満月に向かってサングラスをしたままお辞儀をした。

「満月、前に来る?」
「ううん、ここがいい」

三上は取りあえず助手席に座った。

「大事な美雨さまなので、何卒、安全運転でよろしくお願い致します」

三上がシートベルトを締めながら、またバカ丁寧に頭を下げた。

「いい匂い」満月は、鼻をクンクンさせて言った。

美雨は小首を傾げて満月を見た。

「あ、ひなちゃんと同じコロンの香り。私もこの香り好き~。何て言うコロンだったっけ?」

「ドルチェ アンド ガッパーナ」美雨と陽太は同時に答えた。

「あ、それそれ」

サングラスをした美雨と満月がお互いを見る。

三上も、二人を見た。

三上は、陽太を見て、美雨に劣らず男前だと思った。
キャメル色の髪はサラサラとしていて光が当たったところは艶やかに輝いていた。サングラスをしている顔は瞳の印象が見えないが、日本人離れしているようにも見えた。長身な体は、鍛えているのか痩せている美雨よりも筋肉質に見える。三上は、陽太に興味を持った。

三上が陽太に話しかけた。

「同じ撮影現場に行くなんて奇遇ですね。初めてお目にかかりますが撮影の関係者の方ですか?」

「まぁ….そんなところです」陽太は面倒くさそうに答えた。

「まさか、役者さんでは?」

「いいえ、違います」

「いやぁ、美雨に劣らずイケメンなので、てっきり俳優さんかと」

三上は、お世辞を言う。
そして三上は、陽太を弾丸のように質問攻めにした。

「ご職業は?何をなさっている方ですか?年齢は?美雨と同じくらいでしょうかね?今日は何処から来ました?後ろの方とはどういうご関係で….」

「すいません!」美雨が見かねて三上の質問を遮った。

「あ…つい…仕事柄….」三上は、頭をかきながら陽太に頭を下げた。

「マネージャーを悪く思わないでくださいね。魅力を感じた相手には興味津々に色々聞きたがるんです」

美雨もサングラスを外してお詫びした。

「なんとなくわかるわ」と満月が言った。

「でしょ?そうですよねぇ」三上は、満月の言葉に喜んだ。

それから、満月と三上は、お互いの話で盛り上がる。

美雨は、サングラスを頭に乗せて、イヤホンで歌を聴きだした。

隣にいる満月さん、どこかで会った覚えがある。
1度あった人の名前は忘れても顔を忘れた事はない。そう美雨は自負していた。どこで会っているのだろう。美雨は、満月を、横目で見ながら思い出していた。

サングラスを掛けていた時には気づかなかった、満月のメガネの間から見えたまつ毛が長い事や、意外と色が白い事、おしゃべりをする口元が可愛く見えた事、夢中で話す手振りが子供みたいな所、あどけなく笑う横顔。なんだかそんな発見に自分が楽しんでいる事に驚いた。そんな自分に、なんとなく照れてしまい、それをごまかそうと自分のバックの中を覗いた。この間、青山で撮影したお菓子のCMのお土産がある。チョコポッキーの箱を取り出した。
そして、その箱からポッキーを1本取り出して、満月に差し出した。

「はい、どうぞ」

満月の眼の前にポッキー1本が、突然現れる。

「おぉ~っ!」思わず満月は驚く。
「あ、ごめん、なさい。脅かすつもりは….」

「満月は、視力が弱くて横から飛び出してくるものはとても見づらいんです」

陽太のその言葉で思い出した。

三上は鈍感だからまだ気づいていないみたいだけど、彼女は青山でポッキーのCM撮影の帰りに、俺たちの車に撥ねられそうになった娘だ。正確に言えばその前に男にぶつかって持っていたものを落としたとろい娘。思い出してすっきりした。と同時に、その理由は眼が相当悪いせいかと、妙に納得した美雨。

「ポッキー、頂ますね」

満月は、美雨が手に持っていた1本のポッキーを、そのまま口を運んでパクリと食べた。視線は真っ直ぐに美雨を見ている。

「あ、やだぁ~グラサンもひなちゃんと一緒じゃない」

と美雨の頭にのっているサングラスを指さしてケラケラと笑った。

さっきまでの想い、は撤回。

なんて、デリカシーのない、お、ん、な。

と、苦笑いをする美雨。