「ねー、葵」
「ん?」
「今日返信遅かったけど、何かしよったと?」
すぐそこにある枕に伸ばした手が、礼央の言葉によって止まった。
何も掴まないまま、そのまま握りしめる。
「……ただ気付かんかっただけなんやけど」
「そっか。てかさ、いっつも俺待っとる間何しよると?」
一瞬迷ったけど、私はそう嘘をついた。
何となく、今日の放課後のことは言いたくなかった。
でも多分それは、礼央に話したらあの時の一岡くんの顔を思い出しそうな気がしたから。
冷たくあしらった時の、明らかに戸惑って傷付いた顔。
きっとそれを思い出して、苦しくなるって思ったから。
もうそんな無駄な感情に振り回されないって決めたじゃん。
やめようよ、こんなこと考えるの。悲しいだけだよ。
ーー『じゃあ、休憩終わるけ……っ』
それなのに、そう言って逃げた背中を、震えた声を私は妙にハッキリ覚えている。
今日の出来事だから?
少し日が経てば、そういえばそんなこともあったくらいに思える?
それとも、思い出すことすらなくなるのかな?