まだ残る照れくささに、少々のはにかみを浮かべて降りてきたエレベーターに乗り込むと、自然と距離が縮まった。

「似合いますね」

彼との距離が近いというだけでも心臓が騒いでいるというのに、すぐそばで聞こえた彼の囁くような声に驚いて、つい顔を直視してしまった。
目と目が合って、逸らすこともできずに顔が熱くなる。
言われたことが何に対してなのか考えることもできないくらい、頭の中かは嬉しさでパニックになっていた。

「口紅」

付け加えられた一言に、少しも考えずにお礼をいっていた。

「ありがとうございます」

自分の顔が真っ赤になっている気がして、恥ずかしさに俯いてしまいたくなる。

嬉しさと恥ずかしさに破裂しそうな心臓を宥め透かしていると、フロアに着いたエレベーターのドアが開いた。

「じゃあ、また」

背筋をピッと伸ばして歩いて行く彼の背中を、私はずっと見つめていた。


フロアに降り立ち、一人冷静になってみると。
“似合う”といわれた口紅の嬉しさもさることながら。
彼が私のことを気にかけてくれていたから、今日の口紅がいつもと違うことに気づいてもらえたんじゃないか、とポジティブに捉えて頬が緩んだ。

「嬉しいな」

弾むように小さく漏らすと、自然と足取りも軽くなる。

次に逢う時には、もう少し話ができるといいな。

艶やかに光る桜色の唇をきゅっと結び、私は嬉しさに口角を上げた。