久しぶりの休日。
今日は日曜日だけれど、彼と休みが合致し、やっと休日が来たって感じがする。
私は平日出勤をし、土日が休日。
しかし彼は仕事の都合上、基本平日出勤なのだが土日まで通勤していた。
約2年半彼と共に同棲はしているけれど、付き合ってはいない。
当然結婚もしていない。
お互い恋人もいない。
昔からの幼馴染同士、部屋を共有しているだけ。
寝る部屋も隔離されて別々だし、今までに彼とは何もない。
そして、腐れ縁の幼馴染と、2年半同じ屋根の下で暮らしていると、
最初は新鮮だった同棲もなかなか新鮮味がなくなってきた。
…そして現在、私はソファを陣取って寝転び、くつろぎにくつろいで雑誌を読んでいる。
彼は、私にソファを取られているのでカーペットの上に座りテレビを見ていた。
こうして二人でごろんをしてこそ、休日。
「ねぇ」
「なんだ」
テレビから目を離さず、彼は生返事だった。
いつものことだ。
彼も同棲には新鮮味などなくなっているのだろう。
…いや、元々あったのかわからないけど。
「壁ドンって、なに?」
雑誌の特集に目が止まった。
教師の仕事をしている彼なら、なんて答えるだろう。
「壁にドンだろ」
「…」
いや、それはわかるんだけど。
「胸キュンってのがね、イマイチよくわからない」
「俺に聞くなよ」
「…だって、面白そうだと思って」
ただ、彼の反応を見たかっただけ。
でも案の定な反応。
想定内の返事だった。
すると彼が突然、見ていたテレビを消した。
CMに入ったわけでもなく…、まだ番組の途中で。
しかもさっきまであんなに笑っていたのに。
つまらないわけでもなく?
どうして?
「――どけ。俺にも座らせろ」
「あ、ああ、ごめん」
…まったく。もうちょっと言葉選んで欲しいわ。
いくら長くつるんでいるからって。
まぁいつものことだけどね。
足を引っ込めて座り直すと、彼が隣に座った。
これは、“壁ドン”の話をしたがってるのか?
壁ドンのノウハウを学ぶつもりなのだろうか。
いや、それ以外に考えられない。
彼が座ったところで、期待に沿うべく、壁ドン話を再開した。
「壁ドンは今、ちまたで人気なんだよ」
「へぇ」
相変わらず素っ気ないけど、私の持っている雑誌の中を覗き込んでいた。
明らかにさっきとは違う反応。
――面白い。
「でもイケメンに限るってさ」
「だろーな」
うーん。確かに。
これは悩みどころだ。
「――え、」
雑誌に載った壁ドンのデータに関する記事が目に留まる。
「なんだ」
「壁ドンって犯罪になり得ることもあるんだって」
「いい男がやればいいんじゃないのか」
「相手が訴えなければいいんじゃない?」
壁ドンに期待していた訳ではないけど、それを聞くとなんとなく幻滅する。
そりゃあ壁にドンですから…、見知らぬ人に突然やられたら、さぞ怖いに違いない。
やっぱり壁ドンの良さがわからぬ。
友人に聞いても、母親に聞いても、格好いい人がやればいいもんだって言われたけれど。
全く、想像がつかない。
「この間ね、友達と壁ドン“ごっこ”をしてたの」
「何歳だよ、お前」
だって、何がいいのか知りたくて。
「綾(リョウ)と同じよ」
「で、どうだったわけ?」
一応聞いてくれるらしい。
「…残念ながら、よくわからなかった。イメージしやすいように相手にうちわ持たせて顔見えなくしたんだけど」
「…余計にわかんねーだろ」
彼はもう呆れ気味で、おもむろに立ち上がり、キッチンの方へ行ってしまった。
――ああ、折角反応が面白かったのに。
相変わらず口の悪い教師だ。
顔はまあいい方だけれど、これはさぞや生徒には不人気に違いない。
彼は水を片手に持ち、すぐに帰ってきた。
もうどこか違うところに行ってしまうだろうと思っていたのが、またソファーに腰掛けるので、びっくりする。
「ちょっとだけちょうだい、水」
「自分で入れてこい」
「…」
…私だって、喉が渇いてるのに。
彼は目の前でごくごく飲んでしまう。
――もう、ケチね!
ちょっとだけって言ってるのに!
あまりにも懐が狭い男に呆れるので、再び雑誌に戻る。
なにを見ていたっけ…ええと、そうだ。壁ドン。
…壁ドン特集に再度集中しようとするが、なぜか集中できない。
しょうしようと思えば思うほど、視点が一致していない。
明らかに私が怒っていたからか、彼が隣でピタリと静止している。
…まさかとは思うけど、反省してる…?
いやでも、まさか綾が反省するわけがない。
「…俺ら、20年以上一緒にいるよな」
「…え?」
なに、突然。
思い出話など、一度も彼の口から聞いたことはない。
しかも静止していた理由は、そのことを考えていたからなの?
「…そ、そうね」
とりあえず返事をする。
いつもと違うので、なんだか調子が狂う。
一緒に過ごしてきたこと、突然意識されるとこちらもどうしたらいいのかわからなくなる。
「――もうそろそろ、踏ん切りつけないか?」
「…え……?」
彼が突然、そう切り出した。
わけがわからず、どういう意味なのかを考える。
まさか、同棲をやめるってこと?
その瞬間、私に虚無感が襲いかかった。
「…え、それ、って」
血の気が引いていくような気さえした。
「二年半もお前と同棲してるのに…まだうぶだ」
「…うぶ?」
「ああ、」
彼は、なにを言いたいの?
どういう意味?