「ち、チカ……さん」


 妙な緊張感を覚えながら向き合って、慈人がずいと坂下に近付いた。バクバクと煩い心臓には気付かないフリをして。

 色素の薄い茶色い瞳が目蓋の奥に隠れるのを合図に、坂下は慈人の唇に触れるだけのキスをする。

 女の子と変わらない、柔らかな感触。

 あり得ないくらい心臓がバクバク煩く鳴っているのを、慈人に気付かれてしまわないか心配になってしまう。

 すっ、と細く目を開けた慈人は薄茶の双眸で、未だ戸惑う坂下の目を睨み付けた。


「そんなんで満足出来んのかよ」

「……これ以上は、だめだって」


 触れてしまえば、欲が出る。

 慈人の事を、もっと、もっと、と求めてしまいそうで。


「辻村くん」

「チカ、だろ」

「……チカ、は、好きな子いるんじゃないん?」

「忘れる事にしてるから、いいんだ……」

「なんなん、それ」

「忘れたいんだ」

「……お互い様なんか」


 ふわりと優しく坂下が笑う。