「慈人くん」


 静かに、優しく、声が響く。

 返事のない背中に手を添えて、坂下は声を掛ける。


「ねぇ。キス、しようよ」


 その一言に何か思う事があったのか、慈人はもぞもぞと動き出した。

「キスだけ、だからな」

「ん? うん」


 布団から出てきて乱れた慈人の髪を、坂下はそっと直してやる。

 茶色い猫っ毛は、指通りが良くてずっと触っていたいと思った。

 おずおずとこちらを向いた慈人の頤を掬って、坂下はそっと口付ける。

 キスだけ、と言われた通り触れるだけで離れて、どちらからともなく視線が絡み合った。

「慈人くん。怒られるの承知で言ってもいい?」

「……なんだよ」

「キスだけじゃ足りないなぁ……なんて」


 手と手が触れ合って、抱きしめて。

 少しでも触れてしまえば、もう戻れない。


fin