自室のベッドにダイブ。
そしてすーちゃんにもらったぬいぐるみを壁に投げつけた。
壁に当たったぬいぐるみは勢いをなくし、床に落ちる。
そんな当たり前の出来事にさえ苛立ちが募った。
「イライラする!」
一人暮らしなのにも関わらずダブルベッド。
大きなそのベッドでゴロゴロ転がった。落ちることはない。
「うぅー!」
悔しいような情けないような寂しいような。
そんなよくわからない複雑な感情のせいで涙が溢れた。
「すーちゃんの馬鹿! 単細胞!」
大声で悪口を言ってやった。
少ーしだけスッキリしたような気がした。
その夜、お風呂入ってもご飯食べてもイライラが止まらなかった
寝る前、ベッドでふと思いついたことがある
すーちゃんは刑事
だから忙しい 犯人は待ってくれない
すーちゃんが追いかけているのは私じゃない 犯罪者たちだ
なら、と考えた
私が犯罪者になれば、彼も私を見てくれるんじゃないか
この上なく素晴らしい発想に、口角が上がった
“犯罪彼女”
『最近、警察増えましたよねーw』
『そう言われれば。何かあったんでしょうか?』
『あれ、ある人間を追いかけてるって噂ですよ!』
『ある人間?』
『最近事件が多くて物騒でしょ? 昔からそうでしたけどね。
ここ最近のいくつかの事件で、まぁ全てではないんですけど。
加害者が口を揃えて言ってるんですよ』
『何て言ってるんですか?』
『絶望の中、神が現れた。神は希望を与えてくれた。ってねww』
『宗教ですか?』
『さあ。私も友達に聞いただけですしw』
『興味深い話ですね』
『でしょでしょw』
僕には関係のない話だけど。
そう呟きながらチャット画面を閉じる。
時計は深夜2時を指していた。高校生の僕が出歩くには遅い時間だけど一向に構わない。
僕はダウンを着て肌寒い夜風のもとに出た。
僕を引き止める人なんていやしない。
だから、僕はこの世界に別れを告げる。
ネットで知り合った女性と共に。
待ち合わせ場所に着いたのは午前2時半。
電車も動かない時間だ。僕は自転車を飛ばした。
駅前で、携帯を弄りながら時間を潰す。
夜風が寒い。指先がかじかんで上手く操作出来なくなってきて、携帯をポケットにしまった。
腕時計を見る。時計は3時を指していた。待ち合わせの時刻だ。
「竜崎くん、だよね?」
うとうとしていると、女性の声が僕を呼んだ。
はっとして顔を上げる。そこには綺麗な笑みを浮かべる女性がいた。
思わず見惚れてしまうほどの容姿に、僕は驚いた。
「えっと…林さん、ですか?」
非現実的な程に美しい彼女は、夢の中の住人だったりするのだろうか。
僕はそう思って自らの手の甲を抓ってみたが、ちゃんと痛い。夢じゃないらしい。
「ごめんね、待たせたみたいだ」
「あ、いえ。ありがとうございます」
林さんに差し出されたホットの缶コーヒーを手に取る。
林さんは僕が座るベンチの隣に座った。
「不思議です」
「何が?」
「林さんみたいな…その、綺麗な人が、自殺なんて」
林さんはカラカラと笑った。
「子供にも色々あるように、大人にも色々あるのさ。
私がどれだけ美人だろうが、素敵で完璧だろうが、ね」
大人の世界も大変らしいことはよくわかった。
こんなに美しい彼女でもうまくいかない世界。
僕なんかが、到底生きていける気がしない。
缶コーヒーを飲み終えた。
それを見計らって、林さんは口を開く。
「さて、行こうか。最期におあつらえの場所を見つけたんだ」
立ち上がる林さんに倣う。
彼女の行動はどこまでも美しい。
僕は機嫌良く歩き出した林さんの後を追った。