「そんな事で悩んでたんですか?先生」
「あ、いや」
情けなくも口籠る俺。
小早川に言われた言葉で、本当に俺はどうしてこんなに悩んでいたんだろうと思ってしまったから。
だからハッキリと返せなかったというか、なんつうか。
「……先生も一人の人間なんですね」
そう、ぼそっと呟くと彼女は手に持っていた本をパタリと閉じた。
それから、立ち上がるとスカートについた砂を手で払った。
「先生、さようなら」
「あ、ああ」
ろくに返事も出来ないまま、去って行く彼女の後ろ姿を見つめた。
“偽善者”
さっきまで、あんなに引っ掛かっていた言葉なのに。
“本当の偽善者なんていない。”
俺は俺が信じた様に動けばいいんだって、背中を押された気がした。
もちろん、小早川はそんな意味で言ったわけじゃないと思うけど。