木が全ての桜の花を手放そうとする頃ーー

「可鈴、今日はカレーは?」

「昨日茜と三人で行ったでしょ」

紀李とは、まるで幼馴染の茜のように仲良くなっていた。

「でも今日茜ちゃん来ないんでしょ?ね、良いじゃん!」

「どういう理屈だよ」

教室の後ろでだらだらとそんな会話を続けていると

不意に前の方に座る女子の軍団が大声を上げた。


「えー、嘘でしょ」

「本当だって!」

うるさいなと思い耳をふさぎかけると

手の隙間から入り込むようにして、また別の言葉が聞こえた。

「だから長島先輩恋人作んないのー?」

「何かもったいなーい」


・・・胸が静かに、小さな痛みを訴えた。


ーー華やかな長島さんの噂は、すぐに私達一年生の間に広まった

その忘れられない人の噂も様々で

どこかのタレントだ

中学の同級生だ

長島さんは二股をかけられた

相手は病気で死んでしまった

どれを聞いても長島さんとは別人のように感じた


女子の軍団が急に声を潜め振り向いた。

その視線は見事に私を避け、紀李に止まる。

長島さんと仲のいい紀李は知っているだろうという期待のこもった目

その視線を払い落とすように、紀李は席を立った。


「じゃあラーメン行こ」

「あ、うん」

紀李は全て聞こえないふりをする

馬鹿な男子が直接聞きに来たりしても、「俺は知らない」と相手にしない

だから私も何となく聞けずにいる

聞いてはいけないんだと思うことにした


並んで廊下を歩き、どこの店にしようかと話していると

突然紀李が足を止めた。

「どうしたの?」

「財布忘れた!先行ってて」

慌ただしく走って戻って行く紀李。

言われた通り私は先に行くことにした。


「あれ、一人?」

校門を出たところで、後ろから聞きこえた声が私の足を止めた。

「紀李忘れ物で戻って行きました」

「はは、相変わらずだな」

春の優しい風が、長島さんの髪をふわりと浮かせる。


ああ、本当に綺麗な人

まるで完成された絵のような美しさが彼にはある


・・・長島さんは噂をどう思ってるのかな

嘘でも本当でもいい気はしないはず

それならちゃんと否定すれば良いのに・・・


「ん?どうかした?」

そう尋ねられて、私は黙って俯いた

いつの間にか熱くなった頬を見られたくなかったから。