「昨日の飲み会、楽しかったでしょ?」

大学の中庭に置かれた古いベンチに腰を下ろして

茜は笑いながらそう言ってきた。

「全然。私達まだ酒も飲めないし、楽しいわけないでしょ」


ここでうっかり「楽しかった」なんて言えば

また飲み会に連れて行かれる

それが分かってるから、私は手に持ったレポートから目を離さずに答える。


今日提出のレポートの見直しをそのまま続けていると

茜がニヤニヤと笑ってるのが分かった。

「・・・何笑ってるの」

仕方なくレポートから顔を上げて茜に視線を移すと

茜はさらに笑みを深めながら私を見た。

「その割には楽しそうだったじゃん」

「・・・は?」

「長島さんと話してる時」


ーードクン・・・


長島、さん・・・

その名前に、心臓が大きく脈を打った。


「あの人、かっこいいもんねー」

一人で勝手に納得している茜を、慌てて睨む。

「ちょ、何の話っ・・・」

「ま、頑張って」

「だからっ、勝手に話を進めないでよっ」


怒って私が振り上げた腕を、茜は軽々と摑んで

「良いこと教えてあげるよ」

怪しげに私の耳元でそう呟いた。


「長島さんは、全く恋人を作らない」

「え・・・」

「それも、もう何年もずっと」


そのくらいの話、よくあることじゃないーー

私がそう口を開きかけると

それを制するように、茜は低い声でそっと呟いた。


「忘れられない人がいるらしい」

「忘れられない人・・・?」

一瞬、その言葉の意味が分からなかった。

「そ、絶対に忘れられない人がいるって噂」


忘れられない人・・・

あんなにかっこいい長島さんでも、そんなことあるんだ・・・


「あれ?ショックじゃないの?」

私の腕をやっと放した茜は、拍子抜けしたように私を見ていた。

「だから、そんなんじゃないから」


ーーじゃ、どういうわけ?

茜の瞳が意地悪そうに問いかけてきた。

茜が思っているような気持ちはない

私は一目ぼれなんてしたことないし


・・・でも、どうしてか気になるんだ

自分の感情を隠すような優しい瞳も

そのくせ時々顔を出す意志の強そうな光も

なぜか頭から離れない


「ーーあ」

茜が何かに気づいた。

その視線の先を追うと、長島さんがそこにいた。