私の声に櫻井さんを取り囲む女子が怪訝そうに振り向いた。

「誰?」

「長島君の知り合い?」

しらけたような視線を隠すことなくそのまま私にぶつけてくる。


とまどいながら長島さんへ視線を向けると

一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに僕の意図が分かったのか

「俺の後輩、これから約束があるんだ」

だからごめんと言って、優しく微笑んだ。


物腰は丁寧で優しいが、はっきりとした拒絶がこめられている言葉

それをすばやく感じ取ったのか

彼女達は文句を言うわけでもなく手を振って去って行った。


やがて彼女達の姿が見えなくなると、長島さんはふっと息をついた。

「助かったよ」

明るい声とは裏腹に顔色が悪い

紀李の言っていた通り、香水の匂いがだめなんだろう

「紀李から香水がだめだって聞いて・・・」

「そっか、それで助けに来てくれたんだ」

少しだけ恥ずかしそうに笑った。

それは今まで見たことないその表情に、心臓が強く脈を打つ。


「長島さんにも嫌いなものってあるんですね」

「当たり前だろ」

そう言って長島さんはくっと空へ視線を向けた。

その茶色い瞳に、じんわりと空の青さが溶け込むように映る


大きく綺麗な瞳

感情を一切表さない瞳

強い力を持つ瞳

・・・どうしてだろう

いつもこの瞳には驚くほど柔らかな優しさが浮かんでいるのに

今は何も見えない

ーー空っぽの瞳・・・


「香水の匂い」

「え・・・?」

吐き捨てるように呟かれた言葉に、思わず間の抜けた声がこぼれた。

そんな私には目もくれず、長島さんは空を見上げる。

「硬いタオルに泡立たないスポンジも嫌いだな」

「あ、私もです」


冷めたスープ、急に振り出す雨、うるさい音楽・・・

一つ一つ呟く長島さんの声が心地よくて

私は途中から何も言わずに、その声を聞いていた


「春と夏と秋」

「ほぼ一年中じゃないですか」

冗談かと思ったが、長島さんはにこりとも笑わなかった


「それからあと一つ」

「なんですか?」


すっと空から視線がはずされ、真っ直ぐに私へ注がれる

ーー綺麗なのに空っぽの瞳


「嘘つき」


「ーー・・・」

その声があまりに乾いていて、一瞬息が詰まった。


それが初めてあなたが心を開いてくれた時だと気づいたのは

ずいぶん後のことだった