「彼女、1年前に妊娠しましてね……相手の男性は彼女が邪魔になったんでしょう。可哀相にロープで首を……」
「黙れ! ……そんな……そんなはずが」
グラスがすべり落ち派手な音をたてる。
カウンターの上を、勢いよく氷が広がった。
「もったいない……」
バーテンが氷を一つ、つまみあげた。
ゆっくりと口に含む。
ガリッと音をたてて、氷を噛み砕いた。
一回、二回……。
薄暗い店内に、その音だけが響く。
男は宙に止めた手を、ゆっくり下ろした。
氷が噛み砕かれる音を聞いているうちに、表情が穏やかになり、まぶたが下がる。
三回、四回……。
男の顔色から生気が失われ、まぶたが完全に落ちた。
「……私も加藤と一緒に逝かなければ……」
男はつぶやきながら、立ち上がった。
「お勘定はそちらの女性から、いただいてます」
女の手を、男がそっと握った。
「お帰りはあちらです……行ってらっしゃいませ」
奥の勝手口が、音もなく開いた。