夢のような時間はあっという間に過ぎて。

二時間のライブは終わる。

私は、ゆっくりカシスオレンジを飲みながら、ずっと高梨さんを見つめていた。

その音色に聴きほれながら、ずっと。

高梨さんだけを、見つめていた―――


子どもっぽい私は、このジャズバーでは浮いていたかもしれない。

だから、高梨さんにはすぐにバレていたのだろう。

途中で何度か目が合って、しばらく見つめ返された。

その、ドキドキするような時間。

私にとって初めての、大人の恋の予感。

それは私を酔わせるには、十分だった。


私、高梨さんが好き。

話したこともないけれど。

ステージとここでは、こんなに離れているけれど。

私、好きです。

高梨さんが、好きです。

サックスを、自由自在に操るあなたが、好きです。

律儀に手紙の返事をくれる、あなたが好きです。

最初にあなたのサックスの音色を聴いたときから、私は恋に堕ちていた―――



その雰囲気と、初めて飲んだ強いお酒に、私は酔って。

ライブが終わると同時に、睡魔に襲われた。

うとうとと心地よい眠りの中で、私は優しい夢を見た。


高梨さんと、キスをする夢だ。

優しい彼は、あの静かな声で、私の名前を呼んで……。



そう、それは私の哀しい恋の始まりだった。