「次は、高梨春次郎さんと、宮迫すみれさんのペアです。高梨さんはサックス、宮迫さんはキーボードでの登場です。曲目は、『上を向いて歩こう』と『ルパン三世のテーマ』です。」



大きな拍手が沸き起こる。

ステージ慣れしている春次郎さんは、落ち着いた表情で三方にお辞儀をして。

私も、慌ててそれに倣った。



「それでは、聞いてください。」



張りのある声は、いつかと変わらない―――


私は、言われたように自由にキーボードを鳴らして。

春次郎さんは、それに合わせてくれた。

彼のサックスの音色。

その特別な音色が、私の、そして会場にいるすべての人の、心を震わせる。


いつまでも、いつまでも聴いていたい。


私は、もう無意識にキーボードを弾きながら。

意識は完全に、サックスの音色に吸い込まれていた。



「では、次に『ルパン三世のテーマ』を演奏します。」



あっという間に、二曲目に移る。


あまりにも懐かしいその曲に、自然と涙が溢れた。

楽譜が見えなくなって、それでも私は、キーボードを弾き続けた。

私が止まったら、春次郎さんの音色まで、止まってしまう気がしたから―――


軽快なテンポ。

美しい音色。

信じられないくらいに、素敵な春次郎さん。


彼は、憑かれたように演奏した。

息が苦しいだろうに。

そんなこと、微塵も感じさせないで。


だからこそ。

その必死の演奏に、どんな人も涙を誘われて。

水を打ったように静かな会場に、春次郎さんのサックスの音色が響いていた。

どこまでも、深く、のびやかに―――


会場の一番奥で。

円花さんが、泣いているのが目に入った。

両方の頬を、とめどなく涙で濡らして。



そして、最後の一音を。

長く、長く伸ばした春次郎さんは。


会場の人々に、丁寧に礼をして。

私の方に目を向けて。



「すみれ。」



そう、掠れた声で呼びかけると。



「ありがとう。」



そう言ったんだ。

春次郎さんの目にも、涙がいっぱいにたまっていて。

私が微笑むと、彼の目からも涙が零れた。


会場を後にして、病室に戻って。

彼は、楽器をケースにしまった。

ゆっくりと、丁寧に。


そして―――


力尽きたように、床に倒れ伏したんだ。