音楽祭当日―――


春次郎さんは、見違えるように元気になった。

彼は、舞台に立つ時に着る衣装に着替えて。

ケースから、金色に輝くサックスを取り出す。


春次郎さんがサックスを持っているのを見るのは、ほんとうに久しぶりで。

私は、それだけで胸がいっぱいになってしまった。



「奇跡ってあるんだね。」



石井先生が、私に囁く。

私も頷き返して、そして思った。


きっと、奇跡には続きがあるんだ。

サックスを演奏して、もっと元気になって。

病気なんて、吹き飛ばして。

何事もなかったように、元の春次郎さんに戻るんだ。

また、『starlit night』で。

素敵な演奏で、皆を魅了するんだ―――


もう、贅沢なんて言わないから。

みんなの春次郎さんでいいから。

嫉妬したりしない。

会えなくてもいい。

私に、微笑んでくれなくても。

それでもいいから―――


サックスを吹いていてほしい。

春次郎さんの好きなサックスを、ずっと吹いていてほしい―――



「行くよ、すみれ。」


「……うん。」



春次郎さんは、春風みたいに笑う。

そして、サックスを持って歩き出した。

三日前には、諦めていた光景だった。

私は、一瞬たりとも逃したくなくて、ずっと春次郎さんを見つめていた。