「春次郎さんっ!」



努めて笑顔で呼びかける。



「ああ、すみれ。キーボード、大丈夫か?」


「あ、うん。もうちょっとかな。」


「当日は、適当に弾いていいから。僕が合わせるから大丈夫だよ。」


「うん。」



嘘だ。

こんなに嬉しそうに、音楽会を待ち望んでいる彼が。

死ぬわけない。

死ぬわけないよ―――



「すみれ?」


「……うん。」



こぼれそうになった涙をごまかすために、私は上を向いた。



「上を向いて あるこ~う 涙がこぼれないよ~うに♪」



演奏する歌を、歌ったら。

尚更、泣きそうになってしまって、困った。



「すみれ、キーボードじゃなくてボーカルになるの?」



春次郎さんが笑顔で言った。

久しぶりに見る彼の笑顔が、涙に霞んでしまう。


私の涙に気付いているはずなのに、彼は笑っていた。

今までとは別人みたいに、穏やかに笑っていた。



「音楽会、楽しみだな。」



そう、ささやくように言った春次郎さん。

その言葉に、ついに涙はこぼれて。

嗚咽まで込み上げてくる。



「すみれ、おいで。」



ベッドの上で、手招きをした春次郎さん。

導かれるように近づいた私を。

彼は、そっと胸に抱いた。


その温かい腕の中で、私は声を出さずに泣いた。

まるで、立場が逆になったみたいだった。

彼は、穏やかな手で。

ずっとずっと、私の背中を撫でてくれて。


私はいつまでも泣き止むことができずに、彼の手に甘えていた―――