それからも、毎日彼の病室に通った。

最初のうちは、私を拒み、怒鳴りつけ、困らせていた春次郎さん。

だけど、最近ではやっと落ち着いてきた。

私を必要としてはくれないけれど、私が病室にいることで怒ったりはしない―――



「春次郎さん!お花持ってきた。」



定期的に、花瓶の花を変える。

少しでも、彼の気持ちが明るくなるように。

そう思って―――



「すみれ。」


「ん?」


「すみれって、宗教入ってる?」


「へ?……特別な宗教には入ってないよ。強いて言えば、仏教かな。」


「そっか。」


「どうして?」



春次郎さんは、どこか遠くを見るような目をして言った。



「いや、……なんか、急に信仰したくなったんだ。」


「信仰?」


「……僕は、何か悪いことをしたんだと思う。こうなったのは、きっと今までの人生で、知らずに誰かを傷付けてきて。その行いを、神様が見ていたんだ。……今さらだけど、これから善行を積めば、少しでも長く生きさせてもらえるんじゃないかと思って。」


「春次郎さん……。」


「はは、その考え自体が利己的だよな。やっぱり、ダメかな。」



彼は、自嘲的に笑って。

そして、追い打ちをかけるように悲しいことを言った。



「僕、献体しようかな。」


「え……、」


「僕は身寄りがないから、死んだら他人に迷惑がかかる。それなら、献体として、医学の進歩のために役立てたら……その方がいい。」



献体―――

彼は、自分の体を医学に捧げようと言うのだ。

確かに、それは悪いことじゃない。

本当に尊い、春次郎さんの気持ちだけれど。



「結局、そうして僕は、神様の顔色を窺うんだ。……少しでも長く、生きさせてくれないか、ってね。」



春次郎さんの悲しい覚悟。

神様と、取引をしようとしている彼。


だけど、どうしても現実は変わらないことを、一番分かっているのもまた、彼だ―――



「春次郎さん、それはまた考えようよ。今日はもう、いいよ。」



彼の布団をかけ直して。

私は、零れそうになる涙を必死に堪えた。


悲しすぎる恋だと思った。