「はい。」



中から、くぐもった声が聞こえる。

でも、春次郎さんの声だ。

紛れもなく、あの人の声だ―――


ゆっくりと扉を開ける。

その向こうに、ベッドに横たわる春次郎さんが見えた。

思わず、はっとするほどに痩せてしまった彼。

その腕には、点滴のチューブが繋がれている。


のろのろとした動作で、寝返りをうちながらこちらを振り返った春次郎さん。

彼と、目が合った―――



「春次郎さん。」


「……すみれ。」



私は、嬉しかった。

涙が出るほど、嬉しかった。

彼に、また会えたから。

どんな形であっても、会えたから。


だけど―――


春次郎さんに近付こうと、足を進めた私。

すると、彼は鋭い声でこう言った。



「何しに来たの。」


「春次郎さん……、」



彼の目は、冷たかった。


私に会うことを、彼が望んでいたなんて思っていない。

だけど。

こんなに冷たい目をされるとは、正直思っていなかった。

だから、咄嗟にうまく答えられなくて、私は春次郎さんから視線を逸らしてしまう。



「楽器、……返しに来たんです。」


「……。」



彼は、私が左手に持っている茶色いケースを一瞥した。

すると、みるみるうちにその顔を歪めた。



「何でそんなもの持ってくるんだよ!!!」



私の知らない春次郎さんが、そこにいた。

彼は、凶暴な目をして。

楽器と私を睨みつけたんだ。



「帰れ。」


「でも、」


「帰ってくれ。二度と来るな。」


「春次郎さん!」


「僕のことは忘れろ。その楽器が邪魔なら、……捨ててくれ。」



彼は、投げやりに言って。

それ以上、何も言わずにこちらに背中を向けた。

私は、あまりのショックに、立ち尽くすことしかできなくて―――



「私、」



震える声で、やっと言った。



「また、来ます。」



何も言わない彼の枕元の花瓶に、持ってきた花だけ生けて。

私は、静かに部屋を出た。


春次郎さんは変わってしまった。

病気のせいだ。

病気が、春次郎さんを変えたんだ。


そうと分かってはいても。

彼が直接ぶつけてくる感情に、痛手を負わずにはいられなくて。

私は、涙を拭いながら―――

それでも、必ずまた来ると、心に誓ったんだ。