それから、一週間くらい経ったある日のこと。

信じられない幸運が、私の身におきた。


朝、大学に行こうとして、何の気なしにポストを覗く。

すると、一通の封筒が届いていた。

差出人を見て、私は息を呑んだ。



―――高梨 春次郎



「うそっ!!!」



差出人の欄には、大学ではなくちゃんと、自宅の住所も書いてあった。



「信じられないっ!!!」



感動を抑えきれない私は、思い切り自転車を漕いで大学に向かった。

大声で、通りの人たちみんなに自慢したいくらい。

それは私にとって、とても嬉しいことだった。


まさか、ファンレターの返事が来るなんて、思っていなかった。

そんなこと、1%も期待していなかった。

ただ、私の気持ちが伝わればいい、そう思っていたのに。



大学の駐輪場に着いた私は、猛スピードで自転車に鍵をかけて、教室へと走りながら封筒を開けた。

彼の、少し癖のある右上がりの文字が、目に飛び込んでくる。




宮迫すみれさんへ


こんにちは。始めまして。

お手紙ありがとうございます。S大3年の、高梨春次郎です。

大学の教務に呼ばれて、何事かと思ったらこのお手紙を手渡してくれました。

こんなふうに手紙を貰うのは初めてで、何と言うか、照れくさく感じます。

僕は、宮迫さんが思うほど、素晴らしい演奏家ではありません。

演奏活動と言っても、駅前でストリートライブをしたり、ライブハウスやジャズバーで、たまに演奏するくらいです。

演奏家としては、まだまだです。

プロの演奏家の、足元にも届いていない、そんなのが僕です。


でも、宮迫さんのお手紙は、素直に嬉しかった。

僕の演奏を聴いて、そんなふうに感動してくれる人がいるなんて。

僕が好きで吹いているサックスが、人と人を繋ぐことができるということに、初めて気が付きました。


ぜひ、いつか僕の演奏を聴きにきてください。

その時は、あなたの名前を教えてください。

僕も、あなたに会ってみたい。

そうそう、それから是非、サックスを吹いてみてください。

きっと、僕のように虜になってしまうことでしょう。


本当に、手紙ありがとう。

僕の力にして、これからも細々と演奏活動を頑張って行きたいと思います。



高梨 春次郎




一通り読んで、私は教室の前で立ち止まってしまった。

感動しすぎて、講義を受けている場合ではなかったんだ。



―――僕も、あなたに会ってみたい。



ぐるぐると、言葉が頭の中を巡る。


会ってみたい。

会ってみたい。

会ってみたい。


私も、高梨さんに会いたい。

会って、その音色を、直にこの耳に届けてほしい。


高梨さん。

どんな顔をしているの?

どんな声をしているの?


きっと、その目は優しいに違いない。

きっと、その声は温かいに違いない。


こんなふうに、私に手紙の返事をくれるような、そんな人なのだから―――


その日から、私は必死でバイトを始めた。

一刻も早く、高梨さんに会いに行くだけのお金を貯めたかったから。