春次郎さんの部屋は、殺風景だけど、やっぱりどこかお洒落だった。

小さな部屋の片隅に、楽器と思しきケースがいくつも置いてある。

大きいものから、小さいものまで。

やっぱり彼は、木管楽器なら何でも吹けるのだろう。



「春次郎、何飲む?」



人の家の冷蔵庫を勝手に開けて、円花さんは尋ねる。



「ウーロン茶。」


「え?ビールじゃないの?」


「今日はやめとく。」


「何それ。……じゃ、私はチューハイ。省吾は?」


「俺、ビール!」



冷蔵庫に冷やされているお酒を、円花さんが取り出す。



「……すみれちゃんは?」


「わ、私も、ウーロン茶で。」


「そーだよね。未成年だもんね。」



子ども扱いされて、ぎゅっと唇を噛みしめる。



「すみれは未成年じゃないよ。」



春次郎さんが言うと、円花さんは大げさに驚いて見せた。



「ええっ?じゃあすみれちゃん、大学生なの?」


「……はい。」


「うそー、信じられない。こんなに小っちゃいのに?」


「円花、やめとけ。」



省吾さんが、横から円花さんをたしなめる。



「すみれちゃんは、あいつの逆鱗だぞ?なあ、春次郎。」



春次郎さんは、自分で私の分もコップを持ってくると、ウーロン茶を注いでくれる。



「そうかもね。……だからさ、部屋の中で煙草吸うのやめてくれる?すみれいるんだから。」



冷めた口調で春次郎さんが言い、省吾さんは悪態をつきながらベランダへと移動する。

円花さんは、落ち着かない表情で、缶のままチューハイをあおっていた。


何だか、私のせいで、三人の和が乱れてしまったのではないだろうか。

私は俯いて、何も言えなかった。

春次郎さんが隣にいるのに、何だろう、この居心地の悪さは。



「私帰る。」


「円花?」



すると急に、円花さんが立ち上がった。



「なんかもう、むかつく。あんたも、春次郎も。」



そう言い捨てて、彼女は玄関に向かって歩き出す。

私は慌てて、その背中を追いかけた。



「なんか、ごめんなさい!私が帰るから、円花さんは帰らなくていいです。」


「……うざい。」



そう言ったときに見えた彼女の顔は、とても悲しそうだった。

私は確信する。

彼女は、春次郎さんのことが好きなんだと。


ドアの向こうに消えてしまった彼女を、それ以上引き留めることなんてできなくて。

私は、玄関に立ち尽くしていた。

何だろう、この邪魔者感……。



「帰っちゃった?」


「春次郎さん、どうしよう……。」


「ほっとけばいいよ。いずれ機嫌が直るから。」


「でも、」


「円花のことは、僕の方がよく知ってる。すみれは心配しなくていい。」



その言い方に、一線を引かれた気がした。

ずっと付き合ってきたバンド仲間と、一人のファンの私との間に―――



「私も帰る。」


「すみれ?」


「ごめんなさい。」


「ちょっと待って。」



駆け足で部屋に戻ると、鞄を抱いて玄関に急ぐ。

春次郎さんは、通せんぼをするかのように、ドアの前に立っていた。



「何で?返さないよ。すみれは。」


「だって。」


「この一か月、もう一度君に会えるのを楽しみにしてた。僕だけだったのかな。」


「違う、違うけどっ!」


「すみれ、」


「ごめんなさい。今日は帰ります。」



彼を押しのけるようにして、私は部屋を出た。

全身を、空しい気持ちに包まれながら。


彼にとって、どんな存在にもなれない私。

そんな私がここにいても、ここにいたいと願っても。

誰のためにもならないことに、気付いたから―――