ステージ裏では、他のメンバーが楽器を片付けていた。

二人は、私の手を引く春次郎さんを見て、目を丸くする。



「え、春次郎?」



キーボードの女の子が、困惑したような顔で春次郎さんを見た。



「なにその子。妹?」



もう一人の、ドラムの男の人も、訝しそうに尋ねる。



「そんな感じ。」



春次郎さんは、しれっと答えて、私の手を放した。

さっきから、ドキドキが止まらない。

こんなに大好きな人が、あの人ごみの中で。

私を見つけて、ここに連れてきてくれたことが。

いまだに、夢としか思えなくて。



「ねえ、何て名前?」



女の子が、挑むような視線で私を見て、尋ねてくる。



「宮迫……すみれ、です。」



おどおどと答えた私を、見下すような顔をして、宣言をするかのように彼女は言った。



「私、桜井円花(さくらい まどか)。」


「俺は、吉井省吾(よしい しょうご)。」



ドラムの彼は、割り込むようにして名乗った。

私がどうしていいか分からなくて、立ち尽くしていると、春次郎さんは振り返ってふっと表情を崩した。



「そんなに緊張しなくていいんだよ、すみれ。楽器を片付ける間、どっかその辺に座って待ってて。」


「春次郎、じゃあ今日打ち上げ来ないのか?お前。」


「打ち上げか……。」


「先月も来なかっただろ?何か、待ってる人がいるとか言って。」


「ああ、そうだね。……分かった、じゃあ行くよ。すみれも一緒でいいなら。」



春次郎さんがそう言った瞬間、円花さんが嫌そうな顔をしたのが分かった。

でも、私はこうなった以上、春次郎さんについて行くしかなかったんだ。



「おっ、いいじゃん!すみれちゃん可愛いし。俺タイプ!」


「はっ?ばっかじゃないの、省吾。」



円花さんが、吐き捨てるように言う。



「おい円花。すみれちゃん怖がってんじゃん。やめろよ、そういう言い方。」


「だって……。春次郎、今までファンの子を連れてきたりしなかったじゃん。どうして急に……。」


「ファンの子、って言うのとは、ちょっと違うかな。」



春次郎さんは、至って穏やかに言った。



「すみれは、妹みたいって言ったろ?僕にとってただのファンなら、すみれはここにいない。……ライブの日しか会えないんだ。俺の勝手で連れて来てるだけで、すみれには罪はない。怖がらせないでやってくれる?」


「春次郎……。」



円花さんは、しょぼんとした顔で、俯き加減になった。

私は何となく、彼女は春次郎さんのことが好きなのではないかと思った。

それも、私なんかよりずっと前から―――



「すみれ、おいで。」



呼ばれて、春次郎さんの横に座る。

彼は、楽器をクロスで綺麗に磨いていた。



「サックス、吹きたいんだろ?」


「うん。」


「吹かせてやろうか。」


「いいの?」



彼は微笑んで、私の首にストラップを掛けてくれる。

そこに、ずしりと重いアルトサックスが乗る。



「指はここ。」



彼の白くて綺麗な手が、私の手に重なる。

心臓が止まりそうにドキドキしてしまう―――



「音、出してみて?」



彼の楽器のマウスピースを、恐る恐る咥える。

息を吹き込むと、情けない音が出た。



「ははっ。僕も最初はそんな感じだった。懐かしいなー。」



何度か吹いてみるけれど、音も音程もなかなか安定しない。

私に、サックスを吹ける日は来るのだろうか……。



「春次郎……、」



片付けを終えた円花さんが、困ったような顔でこっちを見ている。



「あ、ごめんなさい。」


「すまない、今片付けるから。」



彼は、ごめん、と小さな声で謝って、私の首からストラップごと楽器を外した。

そして、楽器をケースに入れる。


今さらだけど……。

間接キス、しちゃった。


小学生並みの思考回路で、私はずっとそんなことを考えていて。

結局、春次郎さんの顔を真っ直ぐ見ることができなかった―――