そして、やっとバイト代がたまって。

私は二度目のS県を訪れた。

『starlit night』までの道のりは、もう地図を見なくたって分かる。


バーテンダーは、私のことを覚えていてくれたみたいだ。

だから、何も言わずにあまり強くないお酒を出してくれた。

カシスオレンジを飲んで、眠ってしまった私。

かっこ悪いけど、でもそのおかげで、あの草原に連れていってもらえたんだよね。



待っていると、今日も『heaven』の三人が登場した。

春次郎さんがいることに、私は安心する。

心なしか痩せたように見えるけれど、一か月前と同じ、魅力的な笑みを浮かべた彼がそこにいた。

サックスも、キラキラと輝いている。



「こんばんは。『heaven』です。」



ほんの少し、掠れた声だ。

まだ、風邪は完全に治ったわけではないのかもしれない。


だけど、その後に吹き始めたサックスの音色は、前と変わらなかった。

艶のある音は、とても色っぽい。

一か月ぶりの彼は、また振り出しに戻ってしまったかのように遠くて―――

私は途方に暮れた。


春次郎さんと、星空の下で過ごした一晩。

あれは本当に、幻だったのだろうか。

実際の春次郎さんを前にすると、共に過ごした時間も、手紙のやり取りも、すべてが幻に思えるんだ。

彼との繋がりなんて、実際にはなくて。

他の大勢のファンと、なんら変わりはなくて。

彼は私なんかとは口を利くこともない、遥かな存在に思えるんだ……。


折角会いに来たのに、私は何とも言えず、一方的で悲しい気持ちを抱えて、春次郎さんをじっと見つめていた。