帰りの電車の中で、私はずっと思い出していた。

まるで、夢の中にいたみたいな、一晩のことを。


私は今まで、人並みに恋もしたし、付き合った人もいる。

でも、あんなにロマンチックな経験をさせてくれた人は、一人もいない。


そもそも私は、どちらかというと現実主義で、そういうことをあんまり期待していなかった。

男なんて、って。

どこか諦めているところもある。

だから、春次郎さんのような人が現実に存在するということが、何だか信じられなかった。


だけど、あの夜は確かに夢ではない。

肺に流れ込む冷たい空気も、満天の星空も、春次郎さんの優しい声も、サックスの音色も―――

すべてが、私の胸に深く刻み込まれている。

春次郎さんの一言一言を、全部思い出せるくらい。



「待ってる」



彼は、そう言ってくれた。

社交辞令かもしれない。

私が、もう来ないと思って言っているのかもしれない。

だけど私は、また明日から必死にバイトをして、彼に会いに行く。

それはもう、とっくに決意している。


それは、ちっとも無駄なことだなんて思わなかった。

だって、春次郎さんに会いたいから。

春次郎さんに会って、またそのサックスの音色を聴かせてほしいから―――


真剣に人を好きになるということ。

離れていても、想い続けることができること。


彼が教えてくれたのは、本当の恋だった。