――じりりりりり。
 寝返りを一つ。
 布団の中にいる彼は起きる気配など毛ほども見せない。

 ――じりりりりり!
 健気に鳴る目覚まし時計。
 祈りが通じたのか、男の手が伸びた。
 ガシ、とベルを掴み。

 ――ぶん!
 ――ガチャン!!

 壁に叩きつけた。
 よくそれを見てみれば、敗戦の証にボコボコにへこんでいた。
「あと、5分…」
 漫画の教科書みたいな台詞だ。
 ――どたどたどたどた……
 男は寝返りを打つ。
 障子の向こう側から聞こえる破滅の足音など、まったく意にしない。
 スパーン、と気持ち良く開く障子。差し込む光から逃げるように、頭はもちろん手足までも引っ込めた。
 悪趣味な紫色の布団から生えた長く広がる黒い長髪。丸く膨らんだ光景はまるで茄子だ。
「いつまで寝てるんだ」
 金髪碧眼の美少女とは思えないほどドスのキイテイル声だ。
 純和風の部屋にフライパンとおたまを持った外人。
 実にシュールだ。
「覚悟はできてるな?」
 疑問符だが断定形。
 布団は動かない。
 これから降り注ぐ不幸を、まったく知らない無知な小羊。
 いや、危機意識のない肥えた豚か。
「起きろこのバカー♪」
 優しげな声だった。
 天使のハープと疑うそれは

 弓なりにしなった腕と
 巨大な耳詮の前に壊滅した。

「ぎゃーーーーーーーー」

 金属の大合唱と
 管理人の断末魔。

『伽藍堂』の朝は今日も平和だ。