「残念ながらいないよ」


苦笑しながら答える秋ちゃんに、あたしはちょっと拍子抜けした。

こんなに優しくてカッコいいんだから、絶対いると思ったのに。すると。


「じゃあぜひ、ひよりを嫁にもらってやってくれないか?」


突然、お父さんが言い出した一言に、あたしは「はぁぁ!?」と叫んで、目と口をぱかっと開いた。


「ちょっとお父さん、何言ってんの」

「今のうちにツバ付けとかないと、秋史くんが誰かのモノになっちまうかもしれないだろ」

「いやいや、あたしは決してそんな気は……!」

「照れ屋で可愛い娘ですが、どうぞよろしくお願いします」

「お父さんっ!!」


ぺこりと頭を下げる酔っ払いには、呆れてため息しか出ない。

秋ちゃんは終始楽しそうに笑っていたし、冗談として流してくれているだろうけど。



秋ちゃんがくれたケーキを皆で食べ終わった時、すでに時刻は21時。

皆に挨拶して玄関を出る彼を、あたしは駐車場まで見送りに行くことにした。

秋ちゃんが停めていた黒のハイブリッドカーが、夜の闇に溶け込んでいる。