―夏樹said―

俺は友達に借りた自転車を返して、
駅で電車に乗り換えて家に帰った。



もう、二度とあの街に行くことはないだろう。見納めだ。




誕生日の日に入院なんて、
本当残酷な話だよな。





『夏樹....?準備できた?』
単身赴任の親父の代わりに、
姉貴の京香が手伝いに来てくれた。





『おう。病院だからなー。あそこ大きいからなんでも売ってるよ』


親父の出稼ぎのおかげて、
いい病院に入れる。
だから金には困らない生活を送らせてもらっている。




ただ、俺はあの男が大嫌いだけど。




『今時の病院はハイテクだからねー。お酒うってんのかなぁ』
姉貴はビールを片手に腰をおろした。







『姉貴....龍樹元気?』

『....おう』

姉貴は一瞬、驚いたような顔をして、
笑顔でそう答えた。









『夏樹、強がんなよ』
姉貴は俺をまっすぐ見た。



『別に...強がってねぇ。誤魔化してるだけ。』
俺はそんな姉貴とは、目を合わせられなかった。







『凜ちゃんを初めて見た時、だれかに似てると思った。どっかでみたことあるって。』



『...ぉう』



『夏樹の彼女だったんだもんな』
姉貴の言葉は重く響いた。




『...今でも好きだろ』
姉貴に嘘が通じたことは今まで一度もなかった。






『でも、今は龍樹のもんだ。あいつなら幸せにしてくれる。俺みたいにあいつを泣かせたりなんか....』





『泣いてんのはお前な』






姉貴は俺の言葉を遮るように、
静かに呟いた。






『は....?えっ?』
俺の頬を流れるのは....



涙だ。








『わ、なんでっ?くそっ...』
何が悲しいんだ。
なんで泣くんだ。








『なつ...』

『好きな奴の幸せ願えない男なんて、最低だろ?』
今度は俺が姉貴の言葉を遮った。









『愛してる奴のこと幸せにしてやれない男の方が、よっぽどクズだろ?』
姉貴は、悲しそうな顔で呟いた。






姉貴の言葉は、ごもっともだ。
でも俺は、クズにしかなれない。
どんなにしてやりたくたって、
あいつのことを幸せにしてやれないんだ。
一生苦しめることしかできない。





俺はいつの間にか、
誤魔化してばかり。
嘘ばっかり。
そんなクズになっていた。









『夏樹、あたしはあんたに後悔して欲しくない。』
姉貴は缶ビールを床に置いた。









『龍樹にも話してないんだろ?いつか話さなきゃいけない時が来るよ?』









『俺が龍樹に言ったら、あいつがどうするかわかるだろ?』






その言葉に、姉貴は黙った。








きっと龍樹は、
凜の手を引いて俺のベッドの前まで走ってくるだろう。









そうゆう奴なんだ、
俺の弟は。