―夏樹said―

川に映る月は綺麗だった。
静かな河原には、俺の声がよく響いた。








『俺は、親父の気持ちがわからないわけじゃない。けど、俺はあの人を好きになれない。』


『....お父さん?』









『母さんの浮気が発覚したのは、龍樹が見たからなんだ』







『あ....うん、前にちょっと京香さんに聞いたことあるかもしれない』

凜は気まずそうにしたを向いて、

『龍樹が...今でもずっと...責任感じてるって....』






『うん、あいつは優しいやつだからさ』









その日、俺と姉貴と親父は隣町まで買い物に行っていた。

龍樹は熱を出して寝込んでいて、
母さんはそれが心配だからと家で留守番していた。

その日は道が混んでいて、夜も遅かったので俺達はビジネスホテルで一泊することにした。







『今思えばさ、なんで龍樹が具合悪いのに買い物なんて行ったんだろうな』









そして、母さんは家に男を呼んだ。

龍樹は40°近い熱を出していたから、
起き上がれる訳がない....。

母さんの甘い考えだった。









家に、自分と母親以外の誰かの気配を感じた龍樹は、具合が悪い中無理やり体を起こした。



『きっと、母さんが心配だったんだ』




そこで龍樹が目の当たりにしたのが、
大好きだった母親の浮気。









『俺も姉貴も親父も、母さんのことが大好きだった。でも、それ以上に龍樹はマザコンだったんだよ』



『龍樹が....?』

ようやく、暗かった凜が微笑んだ。








次の日家に帰った俺達は、
すぐに龍樹の異変に気がつく。



体をブルブル震わせて、誰とも目を合わせず、何かに怯えているようだった。


そして、母さんが名前を呼ぶ度ビクビクする。



見兼ねた親父が龍樹に聞くと。








ー昨日....知らない人が...かぁさんと…!
ーえ...?







『そっからは、もう地獄絵図だったね。親父が追求して、母さんが泣きわめいて、姉貴は家を飛び出すし、俺と龍樹はだだ、立ってることしかできなかったね。』








離婚が決まった時、子供は全員親父が預かるはずだった。
でも、龍樹は自ら母さんの元へ行った。








『龍樹、やっぱり優しいんだね』
凜は遠くを見つめて微笑んだ。









『母さんについて行った龍樹は、相当苦しかったと思う。』


『うん...龍樹に前聞いたことあるんだ。お母さんの話…。』








風俗に転がり込み、酒、金、男。

家に帰れば龍樹に辛く当たり、
終いには酔った男と事故死。









『母さんの葬式の時、親父は絶対に行くなっていったんだ』




ーあんたの妻だった人だろ!?俺達の母さんに変わりはねぇ!!
ーもう他人だ!!あんなやつを母親呼ばわりするんじゃない!!
ー龍樹を一人にするのかよ??
ーあいつは自らあの女のところに行ったんだ!!









『親父はさ、母さんのこと、本当に愛してたんだ。』
だから、余計に母さんの浮気も、それについて行った龍樹もゆるせなかったんだ。




『うん…』




『けどさ、それでも俺は、責任を感じずにはいられないんだよ』




『責任...?』







『龍樹の中学校時代、しってるか?』





香雅崎に入学して、
母さんが死んで。

母さんが稼いだ金で学校に通って。








『俺達が龍樹を一人にした。孤独にさせた。支え合うのが家族なのに。』








それと…本当は、全部わかってる親父が、
龍樹のことを、自分の気持ちを、
見て見ぬ振りしていることが一番許せなかった。








『だから、俺は責任感じるし、無責任な親父が好きになれないんだ』








日に日に荒れて、たまに耳にする
『八神龍樹』
は間違いなく弟で。


俺が知った時はもう、香雅崎のトップにまで登りつめていた。








『母さんの旧姓が八神なんだ。姉貴は最近になってから八神にして、俺と親父はずっと日向のまんま。』








『たまに見かけても、声なんて掛けられなかったよ。頭あんな色だし。』
苦笑する俺に、確かにって凜も笑った。









『まぁ、そんなこんなで龍樹の話は陽にしかしてなかったんだ』



『そっか...大変だったね、夏樹も龍樹も』
凜はもう一度微笑んだ。








そして…









『夏樹』

凜は星空を見上げた。