僕はこの日、夏恵の中で果てるまで涼しい潮風を感じる事は無かった。
浜から、この高台に吹き上げて来る潮風は二人の火照った顔を優しく撫でて僕らの温度を優しく冷ましてくれた。
僕は横で身なりを直している夏恵を愛おしく想い。
また唇を寄せる。
夏恵は聞き分けの無い子をあやす様に優しく僕の髪を撫でて僕の顔を見つめ直し再度唇を重ねる。
潮風は優しく僕達の周りを涼しく包み込む。
潮騒は福音の様に夜の静けさに水を注す。
夏恵の少し冷たい指先を僕の手の中にしまい込む。
一匹の蜩の鳴き声が聞こえた。
もしかしたら、ずうっと鳴いていたのを気付かなかっただけなのかもしれないが、その鳴き声はたちまちこの場の支配者になった。
蜩の鳴き声に耳を澄ませながら、強く強く夏恵と繋がっていたい。
そう思った暑かった夏の夜だった。