だが夏恵の笑顔を強く思い出そうとすればする程に輪郭は抽象的に放散し光る影だけが僕の瞼の裏側に焼き付いた。

僕の心は酷く動揺していた。

動揺は僕の回路を分断して現実から逃避する事を許さなかった。

僕は夏恵の笑顔を思い浮かべる事の出来ない事に苛立つ。


男はジャケットの裏側のポケットから携帯を取り出してテーブルの上に置いた。


『・・・これをあなたに・・・ハルミの携帯です』


『え?・・・どうして?』


『これはハルミの携帯では無くナツエの携帯なのでしょう・・・私には見る権利は無かったのかもしれませんが・・・中を見ました』


『・・・しかし』


『いえ、持っていて下さい』



男はコーヒーカップに目を移しそう言った。

僕は携帯を見つめるだけで、手に取る事は出来なかった。