歌い終わると、疎らな拍手が起こった。
その中に、竜騎さんがいた。
竜騎さんは微笑みながら近付いて来た。
「縁ちゃん。ファンキーだね」
「竜騎さん。こんにちは」
「縁、知り合いだったの?」
ささらがギターを下ろし、聞く。
「うん。この前、お世話になって…」
「ども、天城竜騎です。…オレのこと、覚えてる?」
「どうも。水流ささらです。天城くんのお義兄さんですよね」
竜騎さんはからからと笑った。
「そ。昔は『純の』」
「いい歌だった。アツかったよ」
「…ありがとうございます…」
「純とか、連れて来ていい?」
「それは…」
ささらに目をやる。
…竜騎さん、なんでわざわざ…?
ささらは気まずそうに顔を逸らした。
「…何しに来たんですか?」
「べつに、何も?」
竜騎さんは微笑んでいる。
「嘘だ。私を殴りにでも来たんでしょう!」
「それほど、ささらちゃんに興味は無いよ」
「じゃあ、何?」
竜騎さんは、肩を竦めた。
「だから、何も?
オレ、大学の帰りで寄っただけだし」
その後すぐに、竜騎さんは去っていった。
天城くんを呼びに行ってたのかも知れない。
ささらは背後の湖をちらりと見て、ぽつりと呟いた。
「私、行くね。最後に縁と一緒にいられて、よかった」
『行くって、何処へ?』
そう言い終わる前に、ささらはカッターナイフで手首を切り、湖に飛び込んだ。
「ささら!」
叫びながら湖に飛び込んだ。
湖に、赤が挿していった。
必死に潜り、ささらの服を掴んだ。
ささらごと浮かぼうとした。
水を掻き分けた。
掻き分けた、だけだった。
あたしも、湖に沈んだ。
気が付くと、あたしは岸に寝ていた。
傍らには天城くんと竜騎さんがびしょ濡れであたしの顔を覗き込んでいた。
「…馬鹿…っ!」
天城くんは泣きそうな顔で、小さく呟いた。
また、あたしの意識は途切れた。
その後あたしは、少しの間、入院して、退院した。
放送部の大会への参加は出来無かった。
ささらは、あたしが退院しても、まだ入院したままだった。
精神的ショックが大きいとか、自殺防止だとか説明された。
話によると、ささらの遺書が発見されたらしい。
お見舞いに来た竜騎さんに叱られた。
あたしは、放送部を辞めた。
あたしの初めての夏休みは、何もする気が起きなくて、ごろ寝して終わった。
夏休みがけても、文化祭が終わっても、冬休みが終わっても、あたしの気分は変わらなかった。
くそ親父に連れて行かれた精神科で、欝病との診断を受けた。
くそ親父は認めなかった。
あたしには薬が処方された。
放送部の人達。
学校の人達。
優子さん。
竜騎さん。
いろんな人がお見舞いに来てくれた。
一度だけ、天城くんが来てくれたそうだ。
その時、あたしは眠っていたらしかった。
今になってみると、勿体ないことをしたものだ。
三学期のある日、竜騎さんが来た。
「やあ、縁ちゃん」
「…どうも」
「経過はどうだい?」
「…まだです」
「そう…」
竜騎さんは天井を見上げた。
「純のやつが落ち込んでるよ。自分が惚れた女性はいつも死が隣り合わせだってね」
天城くんが惚れた女性?
「恵理ちゃんは自殺、ささらちゃんは自殺未遂、縁ちゃんは巻き添え…」
「恵理、ちゃん…」
「純の初めての彼女さ」
竜騎さんは溜息をついた。
「恵理ちゃんは精神疾患を患っていた。
自傷行為を繰り返し、ついには自殺した。
ささらちゃんと同じ方法で。
…純の目の前でね」