門の前。
「…では、相良さんを、頼みますよ」
「お任せを。
ミツカン、佐橋!」
門の影から、武藤部長と佐橋先輩が登場。
両側から支えられる。
よたよたと歩く。
「縁ちゃん。もう少し、感情を制御出来る様になりなさい」
「…高杉先輩、…今は、…そっとしときましょうよ」
高杉先輩は溜息をついた。
「自分が直情型だからって、甘いよ。佐橋」
「相良だって、辛いはずッス…」
高杉先輩は舌打ちした。
「いいよね。その傲慢さも、人間らしくてさ」
「ささらちゃんはね…、退学になったの」
は…?
意味が解らない。
「ささらちゃんが、縁ちゃんを襲ったでしょう。
それまでも、暴行・傷害事件は有った。
でも、今回、ささらちゃんには、殺意が有った。
しかも、動機は身勝手なもの」
殺意…。
「今回ばかりは、私にも完全には庇いきれなかった」
「…でも、部活…」
「それが、精一杯だったの」
そんな…。
「…でも、それも、夏の大会が終わるまで。
大会が終わったら、サヨナラよ」
鬱屈した気分のまま、帰宅。
「じゃ、私達はここで」
「…はい」
高杉先輩達は、背を向けた。
お迎えは無い。
知れず、溜息。
机の上に、紙を発見。
目を通す。
『縁。
私は父親として、お前に不自由の無い生活をおくらせてあげたつもりだよ。
もし不満が有るのなら、言ってごらんなさい。
お前の父より』
紙を破り、水道に流す。
『父親として』
『あげた』
『もし不満が有るなら』
『言ってごらんなさい』
その言葉は特に、縁を不快にさせた。
それは、憎悪と表現した方がふさわしかったかもしれない。
純の家とは違った涙を流していた。
翌朝。
「縁。おはよう」
居間に腰掛け、スーツ姿で新聞を広げた父親は、昨日の紙に対し何も言わない事を『文句が無い』ととらえているのか、たいそう誇らしげだった。
舌打ち。
「縁。朝から、何だ?
言いたい事が有るのなら、言ってごらんなさい。聞いてあげるから。
ん?」
父親の顔には『有るわけ無いよな?』と書いてある様だった。
醤油の入れ物を手にとる。
無言で入れ物を父親の顔面に投げつける。
相手の額に命中。
醤油が彼を染める。
「じゃ、行くから」
あたしは玄関を出た。
明凪学園。
「お。委員長。ちょうど良かった。このプリント…」
何か聞こえたけど、無視。
放送室へ。
扉を開けると、高杉先輩が脚を組み・腕を組み、座っていた。
「縁ちゃんじゃん。おはよ」
「高杉先輩。前に、あたしを呼び出した時に使ったヤツ…」
「校内放送?」
「それ、どうやって使うんですか?」
「いいの?」
高杉先輩は時計を指した。
時刻は八時半。
「いいから、教えてください!」
高杉先輩は噛み締める様に頷いた。
十分後。
「機材調整は、出来たよ」
「ありがとうございます」
「やり方は、覚えてる?」
「はい」
「じゃ、どうぞ」
高杉先輩にお辞儀。
マイク・オン。
息を大きく吸う。
『あっ・あぁー!
み・な・さ・ん・グッモーニ~ンっ!
放送部っ!
で~すぅあぁ!
お送りしますは、この、あたし!
相良ぁ・ゆっかぁ~っりぃ!
…っです!
突・然・だ・け・ど・みんなぁ!
呟きたい・叫びたい事ぁ無いかぁい!?
有る!?
そ・ん・なっ…貴方!
大いに呟き・叫んでやろうぜ!
手始めに、あたしから…。
…コホン。
…あたしのぉ…
名前はぁ…
《委員長》じゃ・ねぇー!
雑用押し付けやがって、教師どもはぁー!
なんでもかんでも、あたしに聞くんじゃねぇー!
…はぁ、はぁ…。
呟きたい・叫びたいと思った、そこのユ~ウぅ達ぃ!
放送室まで、カモン・カッモォ~ン・ベイベェ!
…以上、放送室より、相良縁でした』
マイク・オフ。
背後から拍手。
「お疲れ様。縁ちゃん」
高杉先輩の表情に変化は無い。
「…怒ってます?」
「なんで?」
高杉先輩は肩をすくめた。
「私達は明凪学園放送部。
放送流して、何が悪いっていうの?」
高杉先輩…。
「クッハハ…。
縁ちゃあん!」
高杉先輩は笑いながら、バシバシと私の背中を叩いた。
「た、たかっ…。いた、痛い、です…」
休み時間。
「どーしょーかな…。
今日は一日、ここにいようかなぁ…」
「縁ちゃんがそうしたいなら、そうしなよ」
高杉先輩は欠伸をした。
「君は《委員長》じゃないんだし」
「…はい」
…ありがとうございます。
控え目なノック音。
「縁ちゃん。出て」
「はーい」
さっきの放送に文句を付けに来た教師だろうか。
内心、うんざりしながら扉を開ける。
そこにいたのは、教師なんかではなく、一人の女の子だった。
三秒、硬直。
…あ。
「…えっと、何か…ご用ですか?」
女の子は、顔を真っ赤にして、一枚の可愛らしい便せんを差し出した。
「あ…、あの、これ…、読んで、下さいっ…」
また、硬直。
「えっと…」
何これ、ラブレターっぽい。
え。
あたしに?
「校内放送を使ってって事かな?」
高杉先輩の声に、はっとする。
女の子は、こくこくと頷いた。