ささらは嘲笑した。
「高杉先輩に、何が出来るんですか?」
「そうね。私の力は使わない」
「は?」
「ミツカン!」
「応!」
背後から声。
ささらはあたしを引き寄せた。
方向が変わる。
正面には、武藤部長が居た。
武藤部長は駆けて来る。
「ミツカン部長。それ以上近づいたら、即、縁を殺しますよ」
「ミツカンじゃねぇ。充夏だ!」
武藤部長は止まらない。
ささらは舌打ちをした。
マイクケーブルが締まる。
呻く。
武藤部長が止まった。
「なんだ…。ミツカン部長も止まるんじゃないですか」
「ミツカンじゃねぇよ。充夏だ」
武藤部長は口の端を上げた。
「がっ…!」
ささらの身体が波打つ。
マイクケーブルが弛む。
咳こむ。
振り返る。
スタンガンを手にした高杉先輩が、悠然と佇んで居た。
「縁ちゃん。大丈夫?」
咳こむ。
まだ、声が出せない。
「遥ぁ。水流はどうする?」
「交番にでも届けて。私は縁ちゃんを送るから」
「解った。マイクケーブルは?」
「アンタが持ってって」
「解った」
武藤部長はささらを担いで行った。
手が差し出される。
「縁ちゃん。立てる?」
手をとる。
立ち上がる。
「歩ける?」
頷く。
「ウチの連中はホント、ワケアリ者ばっかり…」
ささらは学校を三日休んだ。
その間、例のボケ優男がやたらと話掛けてきて、鬱陶しかった。
彼の名前は《都築雅男》というらしい。
三日ぶりに会った時、ささらは長かった髪をばっさりと切っていた。
「縁。おはよ」
「え。…ささら?」
ささらは、ころころと笑った。
「ひどいなぁ。正真正銘水流ささらよ」
「髪…」
「ああ。失恋記念よ」
「失恋…」
天城くんとの事だろうか。
「そーよ。失恋よ」
「なんで…」
ささらが、ふられるなんて…。
「天城くんさぁ、私には興味無いんだってさ」
ささらは笑っていた。
でも。
あたしは何故だか、笑えなかった。
駆け出す。
目指すは屋上。
後ろから、ささらがあたしを呼ぶ声が聞こえた。
あたしは止まらなかった。
その時、あたしの中には何が有ったんだろう。
思考は乱れていた。
論理も無かった。
言葉さえ、無かった。
ただ、駆けた。
天城くんは屋上に居た。
あたしは天城くんが言葉を発する前に、彼に掴み掛かった。
「なんで、ささらを、あの子をふった!あの子は、貴方が好きだったのに、恋をしていたのに!興味が無いだと!ふざけるな!ささらを…」
あたしは天城くんの胸を何度も打った。
「馬鹿にするな!」
その存在を否定する様に何度も。
何度も。
「相良さん」
『うるさい。黙れ!』と叫びたかった。
声にならなかった。
代わりに、より強く打った。
天城くんは、何も言わなかった。
「縁!」
振り返ると、ささらが膝に手をついて、そこに居た。
ささらは息を乱していた。
「縁…」
『ささら』と、唇だけが動く。
ささらに抱き締められる。
「縁。ごめんね…。縁は…私の傍に居てくれたのにね」
渇いた笑い声。
少し見上げると、ささらは泣いていた。
笑い声が嗚咽に変わる。
水流、ささら。
天城くんは何も言わなかった。
あたし達は、どれくらい泣き続けていたのだろう。
泣き止んだ頃にはもう、天城くんは居なかった。
「縁」
「なに…?」
「ごめんね…」
「ささらが謝る事なんて無いでしょ?」
「…私、八つ当たりした」
「いいよ」
「私、縁を殺そうとした」
「…いいよ」
「…私、縁が天城くんと普通に話してたのが、悔しくて…」
「うん…」
「憎くて…」
「…うん」
「縁なんて、死ねばいいって…」
「…そう」
「私、本気だった…」
「うん…」
「ごめん…」
「…いいよ、もう」
「…ゆがりぃいぃ…」
また、水流、ささら。
「縁。遅刻しちゃったね」
「いいじゃん、たまには。このまま、サボろう?」
「いいの、い・い・ん・ちょ・さん?」
「…いいのよ、さ・ら・さ・ら」
「私の名前はささらよ」
「あたしの名前は縁だよ」
どちらからともなく、微笑んだ。
でも、高杉先輩が怖いから、部活にだけは出る事にした。
放課後。
放送室。
室内には、四人。
「…で、貴方達はサボってたのね?」
「はい」
「はーいっ」
高杉先輩、苦笑。
「あのねぇ…」
「まあ、いいじゃないスか、高杉先輩?」
「…そういえば、近衛も同じ事、したよね」
「あぁ。僕が雪に告白した時っスね」
「ささらちゃんは、縁ちゃんに告白した?」
「いやあ、縁はノンケなモンで」
「ささらもでしょ?」
「あら、私は両性愛者よ」
「何、それ?」
「いわゆる、バイね」
「襲わないでよ?」
「どーかなぁ?」
…今日は、死ぬには良い日だよね。