盗み見る彼は、いつも、眉間に皺を寄せて居た。
何かを睨んで居るような・何かに耐えて居るような─
そんな顔をして居た。
彼の名前は《天城 純》。
この2-Bに・学年に・高校に、彼を名前で呼ぶ人は居ない。
呼び捨てする人も居ない。
先輩でさえ・男子でさえ・教師でさえ《天城くん》と彼を呼ぶ。
「純…くん…」
あたしの、憧れ。
小さく呟くだけ。
満足なんて出来ないけど、これが、あたしの限界。
《純くん》と、彼を呼んでみたい。
あたしは、彼が好きだ。
この気持ちは、誰にも言ってない。
言えてない。
彼はモテる。
いつもしかめっ面だけど、キレイな顔してるし、背も高いし、体つきも引き締まってる。
態度も、無愛想だけど、無礼じゃない。挨拶だって、ちゃんと返す。
自分からは人とあんまり関わらないけど、転んだ人に手を差しのべたりはする。
これが、学校のみんなが知ってる《天城くん》。
あたしは、みんなより少しだけ、彼の事を知ってる。
一年前。
あたしが高一だった頃。
あたしは、入学前に持ってた高校生生活への期待を、九割くらい捨てていた。
学校は遠いし…。
教師はつまんない奴らばっかだった。
男子は馬鹿ばっかだった。
女子は上っ面の会話しかしないで、がっついてた。
溜息。
高校ってキラキラしてたのにな…、中学の頃は。イメージがね。
溜息。
ふと耳に入る、子供達の大声。
『ぎゃー』かな?
『ひゃー』かな?
どっちでもいいや。子供達のかわいさは変わらないし。
声をたどる。
幼稚園?
保育園?
孤児院?
子供がたくさんだ。
ん?
頭三つ分くらい高い人が…?
男の人だ。
モテそうな人だな…。
背が高くて、すらっと締まってて、無邪気に笑う、キレイな顔。
ここは、あたしの地元。…こんな人、居たっけ?
すぐには気付かなかった。
笑顔なんて、見たことなかったから。
しばらく見つめて、やっと気付く。
…あ、天城くんか。
その時は、その程度の興味しか無かった。
話した事も無かったから。
学校では、あんな笑顔はしないのにね。
子供好き?
ロリコン?
どっちでもいいや。
…どっちでもいいけど、笑顔の方が素敵だよ。天城くん。
…いや、客観的にね?
あたしは長い間、彼らを見つめていたのだろうか。
一人の女の子があたしに気付いた。
「純にい。あの女の人、純にいに用じゃない?」
彼は、まるで、いい夢から起こされるみたいに、ゆっくりと顔を動かした。
目が合っても、彼は眉一つ動かさずに、また、顔を戻した。
「知らない人だ。俺に用じゃないと思う」
知らない人って。
同じクラスじゃん、ショックだな。他人に興味が無いのかしら。
あたしだって、君に興味は無いけどさ。
通学の電車は各駅停車。
ぎゅうぎゅう詰めが嫌だから。まぁ、それでも混んでるけど。
その日は雨だった。
雨の日は、余計に混む。
乗り込んでしばらくすると、あたしの後ろに、バーコード頭のオッサンが立った。
悪寒。
バーコードの手が、あたしのスカートの上に被さって、動いていた。
悪趣味だなぁ。あたし、ブスじゃん。
肘うち準備。
ウザいんだよ、腰抜けバーコードめ。
肘うち。
脂肪に弾かれる。
げっ。
運動しろよ、バーコード。