「母親は仕事でいつも帰りが遅かったと思う。まあ……思うっていうのはもうなんか記憶が曖昧なんだよね。顔もはっきり覚えてねーし」
「そっか」
「そんな母親が千景の顔見たら疲れも吹っ飛んじゃった、って笑顔で言うから、起きて待ってた」
「ん…」
「日付が変わる前までには帰ってくるって言ったくせにさ」
そこで嘲笑する千景くんが、こちらに体の向きを変えてくる。
視線が交わって、近距離でその瞳が揺らいだ。
千景くん、って。
心の中でただひたすら名前しか呼べなくて。
「午前0時日付が変わっても帰ってこなかった」
静かに閉じられた瞼。
目に映るものを遮断した千景くんにはもう私は見えない。